若い貧困者が「見えない傷」をこじらせる理由 生活保護と貧困スパイラルの密接な関係

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このクリニック同行後、仲岡さんは居住地の福祉事務所に赴き、生活保護の申請をした。今思えば、なぜ取材にかこつけて同行させてもらわなかったのかと後悔しているが、僕は貧困周辺者の取材をずっと続けていながら、自力でこうして生活保護の申請までできた取材対象者を彼女のほかに数名しか知らなかった。

申請をしようにも窓口で挫折したり、そもそも申請に必要な書類作成などの事務仕事ができずに窓口にも至らなかったというケースは嫌というほど見てきてはいる中で、少なくともこの時点で仲岡さんは、なんとか福祉事務所のサービス時間内に起床してたどり着くことができ、煩雑な事務仕事を伴う申請資料集めなどもすることができた。

僕はそんな仲岡さんをほかの取材対象者と比較して、比較的能力が高く、自力でやっていける人なのだと思ってしまった。後の彼女を見れば、それは奇跡的というか、仲岡さんが最後の最後に絞り出した力だったのだが……。

生活保護の受給を審査するケースワーカーは、当然、その業務として現在と過去の仲岡さんの就業状態や、なぜ失職したのか、なぜ精神を病んだのかといったことまで立ち入って聞き込んだようだ。そんな面接ののち、仲岡さんから僕の携帯電話に、激しい嗚咽で何を言っているのかまるでわからない留守電が入っていることが何度かあった。

担当ケースワーカーとは決定的に反りが合わないようだった仲岡さんだが、生活保護の申請は存外に短期間で通った。あのクリニックの医師にも確認は行ったようで、あの医師が問い合わせに「現状で就業は無理」の返答をしてくれたのは意外だったが、やはり僕は彼女が自らの努力と能力で面倒な申請をクリアしたのだと、少し尊敬するような気持ちにすらなっていた。

ベッドから起き上がれなくなった

だがその後、生活保護受給者となった仲岡さんのメンタルは加速度的に悪化していった。

食材の買い出しといった必要最低限の行動以外は、自宅のベッドから起き上がれなくなり、自傷も激しくなり、それまではなかった精神科の処方薬と酒を同時に飲むということも始め、何度かOD(過剰服薬)で救急搬送された。それは何か、それまで単に包帯を巻いて隠していただけの大ケガの切り傷があらわになって、とめどなく大量の血液が流れだしたかのように見えた。

こうした彼女の状況は、本人からではなく同じキャバクラに勤めていた友人の女性から聞いた。

「仲岡ちゃん、また介護で働くって、今、役所がいろいろ指導(就労指導)してるって」

そんな報告が友人づてで来たのが、生活保護受給から半年ほど経った頃だったろうか。僕自身も少し電話で話をしたが、その直後、その友人から、仲岡さんが盛大なODをやらかした末に病棟のある精神科病院に入院したと聞いた。

「さすがに面倒見きれないっつうか、仲岡ちゃんちょっと人生積んでるし、あたしらも巻き添えは嫌なんで」。数少ない友人たちも、そんなことを口にして彼女の下を去っていった。

どうしてこうなってしまったのだろう。

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