中央大駅伝部はなぜ「1年生主将」を選んだか 新監督が語る、箱根名門校の危険度と本気度

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「箱根駅伝に出場できるのは20校ですから、25番目のチームが予選会を通るのは並大抵のことではありません。主将だった4年生が故障で思うように走れていなかったこともあり、主将と副将の人選をもう一度やって、体制を作り直すようにと4年生に指示したんです。

4年生の中で主将と副将が新たに決まり、私もそのふたりでいいなと思いました。でも、新体制でやっていくという選手だけのミーティングが、たった数分で終わったんです。こんなチームにしていこう、という具体的な話し合いがまったくなかった。3年ちょっとで、ここまでの成長しかできなかった4年生にチームを引っ張っていく能力が果たしてあるのか、疑問を感じたんです。

中央大は予選会を突破するだけではなく、本戦で結果を出さないといけないチームです。その目標をこのスピード感で達成できるのか。4年生が難しいなら3年生と思ったんですけど、選手として走っているのは3名だけで、4年生と比べても強くない。2年生は競技に対する意識がまだ高くない。それならば、危機感を持っていて、勢いもある1年生に主将と副将を託そうと思ったんです」

その結果、主将に舟津彰馬、副将に田母神一喜が就任。1年生が引っ張るというサプライズ人事となった。

変化のスピードをアップさせるための決断

体育会系の世界では、学年の格差は非常に大きい。箱根駅伝出場校で「3年生主将」は何度かあったものの、「1年生主将」は前代未聞だ。しかも、名門・中央大にこんな状況が訪れるとは、筆者はまったく予想していなかった。だが、この大胆な起用は、中央大の危険度と、藤原の本気度がよく現れていると思う。

「チームをマネジメントする側からいうと、『俺たちでやってやる』という気持ちが強い1年生の存在を生かそうとしたんです。おとなしいチームの中、いい意味で先輩に物申す姿勢がありました。1年生の雰囲気をチーム全体に波及させることで、変化のスピードをアップさせようというのが狙いです。

体育会系は4年生が神様、3年生が天皇、みたいな古い考えがあります。そのなかで、1年生を神様にしようというわけではなくて、1年生からリーダーは出すけど、上下関係は従来と変わりません。ただ、1年生が主将をやるのは異例なことですから、2~4年生から1名ずつ幹事を選んで、サポートしていく形をとりました。1年生主将ばかりがフォーカスされますが、我々としては段階を踏んで、ベストな体制を作ったつもりです」

上級生の反発があるかと思いきや、「一人ひとりのスイッチが入り、やってやろうという感じになっています」と藤原は話す。主将の舟津と副将の田母神は、7月のレースで自己ベストをマークするなど、走りでもチームに刺激を与えている。

“1年生主将”は組織を変えるスピード化を求めてのこととはいえ、伝統校だけに口うるさいOBもいたはずだ。それでも、藤原は「何か言われたとしても、気にしないようにしています」と信念を貫く覚悟を決めている。

「監督という仕事は難しくて、本当に毎日大変だなと感じています。でも、それ以上にやりがいがありますし、監督として勝負するために、退社して母校に戻ってきたわけです。大変なのは当たり前で、現状をどうやって変えていくのか。とにかく、スピード感を持って取り組んでいきたいです」

箱根駅伝で黄金時代を築いた中央大という豪華絢爛(けんらん)な巨船はゆっくりと沈みかかっていたと思う。しかし、藤原正和という新たな“船長”が乗り込み、大きな変化が生まれようとしている。それがどんな方向に進むのか。まずは10月15日に行われる箱根駅伝予選会の戦いに注目したい。(=敬称略=)

酒井 政人 スポーツライター

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さかい まさと / Masato Sakai

東農大1年時に箱根駅伝10区出場。現在はスポーツライターとして陸上競技・ランニングを中心に執筆中。有限責任事業組合ゴールデンシューズの代表、ランニングクラブ〈Love Run Girls〉のGMも務めている。著書に『箱根駅伝 襷をつなぐドラマ』 (oneテーマ21) がある。

 

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