最初のRPGを作った男の波乱万丈すぎる人生 ゲイリー・ガイギャックスを知っていますか

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彼の子供たちはD&Dを作っている最中に5人いるが、上が男の子と女の子で13歳と11歳。そのため子供たちとプロトタイプD&Dのセッションをして、システムを洗練させていくことができた。19歳とはやくから結婚し若い時に子供を産むことができ、ターゲットである年齢層の子供たちと自由にテストプレイができたのも「時代」と「運」のうちだろう。

余談だが読んでいて笑った話を一つ。娘が彼氏を作ると、ゲイリーはその彼氏をRPGに誘う。娘が彼氏と別れてもゲイリーはその元彼とRPGを続けるので、娘は元彼と家でしょっちゅう出くわすはめになる(他の子供たちも同様の事象を経験している)。ゲームさえあれば自由に繋がることのできるゲーマー特有の関係性ともいえるが、なんとも愉快な親である。

D&Dがほぼ完成した時、アメリカはインフレで景気は低迷しており対ソ冷戦がそれに拍車をかけていた。出版社は守りに入り、主要な2社はこの革命的ゲームの出版をためらった──だが、だからこそゲイリーは自社出版をするという結論に至ったのだ。ゲーム雑誌にすでに何度も寄稿し、編集者をやったこともあるので印刷販売のやり方は一通り知っていたのもよかった。

時代と運が絶妙に組み合わさって、ゲイリーはD&Dを売るために、タクティカル・スタディーズ・ルールズ(TSR)社を立ち上げることになる。その後起こる災難の数々、ゲイリーが創りあげたD&D以外の世界がゲーム業界に与えた影響──などは、ぜひ読んで確かめてもらいたい。偉大なゲームがいかにしてつくりあげられたのか、どのように発展(衰退)していったのかが細部に渡って書き込まれていき、最後はゲイリーの2008年の死まで足跡を追って、物語は幕を閉じる。

おわりに

『最初のRPGを作った男ゲイリー・ガイギャックス〜想像力の帝国〜』(ボーンデジタル)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

ゲイリーの人生は「自分が心の底から遊びたいものを、徹底してつくる」という単純な原理に貫かれている。彼は6人の子供を育て上げた大人であると同時に、子供どころか娘の彼氏とまで遊び続けてしまうほど無邪気な子供であり、何よりゲームを愛し続けた一人のゲーマーであった。そのたぐいまれな人生に、読んでいるだけで思わず涙が流れてきた。

『シンク』誌は「史上最強のナード50人」でゲイリーを1位に選んだことがある。D&Dが仮になかったとしたら、現代における想像力の世界はより貧相なことになっていたに違いない。我々はゲイリーが開拓した想像力の世界に生きている。彼こそが、いわばナードの大将だ。

冬木 糸一 HONZ

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1989年生。フィクション、ノンフィクション何でもありのブログ「基本読書」運営中。 根っからのSF好きで雑誌のSFマガジンとSFマガジンcakes版」でreviewを書いています。

 

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