44歳男性を突き落とす「雇い止め」の理不尽

激務の末に脳出血、復職後も3年間飼い殺し

大学を卒業したのはバブル景気がはじけた直後の1994年。就職活動は厳しく、唯一内定が出たのが地方に本社を置く中堅の印刷会社で、以来、この会社の東京支社の営業社員として働いてきた。生来、朗らかで物おじしない性格のカズヤさんにとって営業はうってつけの仕事だったという。売上表を見ると、毎年コンスタントに1億円以上を売り上げていたのは彼だけで、支社のノルマ達成に大きく貢献してきたことがわかる。

一方で長引く不況の中、会社の経営状況は悪化の一途をたどっていた。辞めていく同僚の穴埋めや、離れていく取引先の説得などで、2010年ごろは、仕事は連日深夜に及び、近くのホテルに泊まって翌朝そのまま出勤することも珍しくなく、当時のメモなどをもとに算出してみた残業時間は「月190時間はあったのではないか」という。

会社にタイムカカードはなく、残業代は未払い

実際の売上表。印刷機を回していない「内折込」を含めなければ、カズヤさんがトップだ

しかし、会社にタイムカードはなく、残業代が適切に支払われることはなかった。ホテル代も自腹。血尿が出たこともあったし、血圧が150近くまで上がったこともあったが、「昭和のモーレツ社員を地でいっていた」というカズヤさんにとっては、上司らから「おかげでノルマがこなせた」と言われることのほうが誇らしかった。

今振り返ると、2週間ほど続いた片頭痛と、夜も眠れないほどの首の付け根の痛みが前兆だったのだと思う。自宅の寝室で倒れたのが2011年10月。病院で目覚めたときには左半身が動かなくなっていた。40歳を前に、カズヤさんは1級身体障害者になった。

しかし、彼は労災申請をしていない。なぜか。

「しようとはしたんです。でも、労基署に電話で問い合わせたら、“(長時間労働を裏付ける)タイムカードなどの証拠はあるのか”と聞かれたんです。ありませんと答えると、じゃあ難しいですね、と。ちょうどそのころ、社長が自宅に来て“よくなるまで待ってるから”と言ってくれました。それで、感激して感謝してしまって……。結局労災の手続きはしませんでした」

もし、労基署の担当者が本当にこのように答えたのだとしたら、お粗末にもほどがある。行政側はまずタイムカードもない会社側を指導するべきだし、証拠は家族とのメールのやり取りや、ホテルの宿泊記録などでも事足りるとアドバイスするべきだ。労災か否かでは、その後の労働者の処遇が大きく違ってくる。労災であれば、金銭的な補償が手厚くなるだけでなく、簡単には解雇されないのに対し、労災でない場合は、会社の就業規則次第で安易な解雇通告を受けることがある。会社側が解雇事由に「身体の障害により業務に耐えられないとき」「業務を遂行する能力が十分でないとき」といった旨を定めている場合など、業務が原因の脳出血や交通事故による後遺症を負った会社員があれよあれよという間にクビにされるケースは決して珍しくない。

もうひとつ、結果的にカズヤさんを追い詰めたのは、復職後、正社員から1年契約の契約社員への転換に応じたことだ。

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