まず安心してほしいのだが、日本国内では肥育ホルモンは使用されていないと考えてよい。というのは、肥育ホルモン剤は動物用医薬品に該当する。動物用医薬品を販売したり使用するためには、まず農林水産大臣に承認される必要がある。これに関して、現状では動物用医薬品として登録されている肥育ホルモンはゼロである。
状況を農林水産省に聞いてみたところ、もともと日本国内ではあまりニーズがなく、1999年に肥育ホルモン剤のメーカー自身が自主的に承認を取り下げたという。メーカーが販売をあきらめるくらいなので、日本の生産農家には本当にニーズがなかったのだろう。
私が全国の肉牛肥育農家の庭先を回っていても、米国などにおける飼育ホルモンの話題に関しては「ひどい薬だよね」と否定的な人がほとんどだ。この件については安心して、国産の牛肉を食べてほしい。
では、日本では肥育ホルモンを投与した畜産物はいっさい流通していないのかというと、残念ながらそうではない。というのは、不思議な話だが、畜産物の輸入に関しては肥育ホルモン使用の有無による制限が存在しないのである。なんじゃそりゃ、と思われるかもしれないが、実際そうなのだ。つまり、「日本国内で育てる肉牛には肥育ホルモンは使わないが、肥育ホルモンを使用した牛肉は輸入でどんどん入ってくる」ということである。
米国産肉牛は、ほぼすべて肥育ホルモン剤を使用
2013年、全米の肉牛生産者のプロモーション(販売促進)団体の女性が来日した際、私に対するインタビューの申し出があった。日本における赤身牛肉の市場について調査をしているとのことだった。私が2007年から赤身牛肉の振興に携わっていたことを、どこかから耳にしたのだろう、これは面白いと考え、受けることにした。日本の牛肉市場に関していろいろ話をした後に「こちらからも質問していいかな?」と肥育ホルモン剤の使用に関する質問を通訳の人に仕掛けたのだ。
そうしたら、まだ訳していないのにケラケラと笑い始めてこういうのだ。
「わかった、肥育ホルモン剤の利用についての質問よね? みなさんそれを不安視しているようですね。はい、米国の肉牛では99%、肥育ホルモン剤を投与して生産しています。けれども、それらは基準に従って使用していますし、その限りにおいては人体に影響がありません。国民もそれを理解しています」
あまりに彼女が確信的にそう話すので、へえ、そうですかと言うしかなかった。ただし、本当にそうなのかは今でも疑問に思っている。「基準に従って運用」といっても、成長ホルモンの残留が基準値以上になるような飼い方をしているケースもあるのではないだろうか。米国国内でも肥育ホルモン剤を不安視している層は一定数いる。だからこそオーガニックスーパーも流行るわけだ。ただ、圧倒的になにも気にしない、または情報を持たない層が多いため、他国にはそれが伝わらないということなのではないだろうか。
では、肥育ホルモンを投与された米国やカナダの畜産物、特に言えば牛肉が日本に輸入されているのはなぜなのか。その、「そもそも」を振り返っておこう。
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