「スルー技術」を鍛えればずっと生き易くなる 「過剰適応」に陥りやすい日本人への処方箋

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
日本人は元来、「スルーすること」が苦手です(写真:Graphs / PIXTA)
よくも悪くも常にSNSで第3者ともつながっていられる現代。何気ないtwitterでのひと言を批判されたり、見たくないとわかっていてもついつい人のタイムラインを覗き見して、自分と比べて落ち込んでしまったり。
これらを気にしないでうまく「スルー」して、毎日を気楽に生きるための「スルー力(りょく)」を高める方法を身につけるには……。精神科医・名越康文の公式メルマガ「生きるための対話」からお届けします。

 

他人の言動を見聞きしたときに、私たちが取りうるリアクションは大きく3つに分けることができます。それは、受け止める、他の誰かに伝える、見送る、です。もう少しイメージしやすい言葉に置き換えれば「キャッチ」「パス」「スルー」ということになりますね。

こうして分けてみると、この問題は野球文化とサッカー文化の対立として分析することもできそうですが、これは長くなるので今回は深入りしません(笑)。ひとまず確認したいことは、この3つのリアクションの中で、私たち日本人は一般的に「キャッチ」「パス」をすることはあっても、あまり「スルー」することを潔しとしない傾向があるということです。

「スルー」のハードルが高い理由

この記事はプレタポルテ(運営:夜間飛行)の提供記事です

一般的に、日本人のアイデンティティは「他人の期待に答えている自分」が基軸となります。欧米人のように「◯◯する自分」という自立的な「私」ではなく、「◯◯(ここには人や組織、あるいは社会や国が入ります)の期待に応えている自分」をアイデンティティの下支えにする。キャッチとパスによって自己確認をするのが日本人のメンタリティの基本にある以上、スルーというのはちょっとハードルが高いわけです。

こうしたメンタリティのあり方そのものに批判的な人もおられるかもしれませんが、僕は、これ自体はいい悪いではなく、ひとつの傾向として捉えていればいいことだと思っています。日本人的メンタリティにも良い面、悪い面があるのと同様に、欧米的なメンタリティにも良い面、悪い面がありますから。

次ページネットの書き込みも、つい「受け止めよう」とする
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事