米国大統領選が予想外の展開になった理由 貯蓄や所得は中央値を見ないと分からない

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さて米国の家計の実質所得を平均値で見ると、リーマン・ショック後に大きく落ち込んだが、2011年には上昇に転じている。しかし、中央値の方は2011年もさらに落ち込んで、2013年になってようやく少し上昇した。

「平均的な世帯」の所得の動きは、「平均値の所得」の動きにくらべてはるかに回復が遅く、我々が使い慣れた平均値でみた所得の回復が、高所得者層に偏ったものだったことを示している。

高所得世帯の代表として所得水準が上から5%のところの世帯の所得を見ると、2013年には2004年の水準を1.1%上回っている。

一方、低所得者の代表として所得が下から10%のところに位置する世帯の所得を見ると、リーマン・ショック直後のような急速な落ち込みではなくなっているものの、2013年もわずかながらさらに低下して2004年を8%近くも下回っている。

「中央値」で見れば米国人の所得も回復していない

米国経済は、リーマン・ショックで大きく落ち込んだものの、FRB(米国連邦準備制度理事会)の大胆な金融緩和政策が奏功して回復を続けている、これに比べると、我が国の景気は停滞が続いている、という評価が多い。

だが、それは両国の経済を「平均値」でみた場合の評価だ。日本の方は中央値が分からないので評価が難しいが、米国の方は「中央値」でみれば2013年に至っても多くの人の所得は回復せず、足踏み状態にあった。低所得者層では所得の減少が止まっていなかった。平均所得は回復しはじめていたが、選挙民の世帯の多くは所得が減少したままの状況にあり、これまでの政治に対する反発を高めていた。

平均値ではなく中央値に注目していれば、「普通の」米国人が不満を強めていたことが見て取れたはずであり、今回の米国大統領選挙が今までのようにはならない可能性が高いと、事前に予想できたかも知れない。

普通の人達、普通の世帯の状況を把握するために、平均値ではなくもっと中央値に注意を払うべきであり、日本の統計でももっと多くの項目で中央値を公表することを検討すべきではないだろうか。
 

櫨 浩一 学習院大学 特別客員教授

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はじ こういち / Koichi Haji

1955年生まれ。東京大学理学部卒業。同大学院理学系研究科修士課程修了。1981年経済企画庁(現内閣府)入庁、1992年からニッセイ基礎研究所。2012年同社専務理事。2020年4月より学習院大学経済学部特別客員教授。東京工業大学大学院社会理工学研究科連携教授。著書に『貯蓄率ゼロ経済』(日経ビジネス人文庫)、『日本経済が何をやってもダメな本当の理由』(日本経済新聞出版社、2011年6月)、『日本経済の呪縛―日本を惑わす金融資産という幻想 』(東洋経済新報社、2014年3月)。経済の短期的な動向だけでなく、長期的な構造変化に注目している

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