「大氷河期」迎えた海運・造船 膨大な新船、運賃は暴落
「潰すなよ」
そう言われ、「何を大げさな」と、二つ返事で社長就任を引き受けた。今年初めのことである。
鉄鉱石や穀物を海上輸送する大型バラ積み船(ケープサイズ)の1日当たり運賃相場は、年初1万ドル台前半。黒字の目安である2万5000ドルに遠く及ばないとはいえ、「少し我慢すれば運賃相場は戻る。足元を底に、就任予定の6月には採算線近くに戻る。それが海運相場というものだ」。そう楽観した。「異常な相場は続いてもせいぜい半年」というのがリーマンショック直後の経験則だったからだ。
ところが、事態はどんどん悪いほうへと進んでいく。1月中旬にケープ運賃は1万ドルをあっさり割り込み、2月になると年初の半分以下の5000ドル台に落ち込んだ。
この水準だと1隻の大型船を1日動かせば2万ドル程度の赤字になる計算だ。10隻なら20万ドル、200隻なら400万ドルもの赤字が1日で垂れ流される。逆ザヤ相場の長期化が巨額の赤字をもたらし、海運会社の体力を急激に搾り取っていく。
そして3月9日深夜。社長交代を発表する「晴れの日」の5日前に不吉なニュースが舞い込む。社長に就任予定の会社と似たような事業モデルの三光汽船が、国内金融機関に事業再生ADRを申請したのだ。しかし今さら内定を蹴るわけにもいかない。
新社長を襲った驚愕の出来事の数々
「潰すなよ」と言われたのは当時、商船三井の副会長だった薬師寺正和氏。「潰すな」と言った声の主は定かではないが、商船三井の武藤光一社長ではないというのだから、芦田昭充会長に違いない。商船三井は日本郵船、川崎汽船と並ぶ海運大手3社の一角だ。芦田会長は海運の業界団体、日本船主協会の会長でもある。
商船三井を筆頭株主とする中堅海運会社、第一中央汽船(以下「一汽」)の社長に薬師寺氏が就任したのは6月下旬のことだ。
翌7月、就任まもない薬師寺社長をさらなる衝撃が襲う。監査法人のトーマツが「第1四半期報告書に疑義注記をつけろ」と迫ってきたのだ。大きな問題を抱えているために事業の継続性に強い疑いがある。そう表明することを経営者自らに強いるのが疑義注記の会計ルールだ。