超高額な「夢の新薬」は、国を滅ぼしかねない 悩ましい高額薬剤の使用と費用負担のあり方

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しかも、オプジーボの話は、オプジーボだけにとどまらない。今後、同様の高額薬剤が次々と開発され、わが国で国民皆保険の仕組みで供されるようになれば、今は医療費全体の20%程度である薬剤費はもっと増えることになる。そして、その薬剤費を支えるために、国民に求める医療保険料と税金の負担はもっと増えることになる。

治せる病気は、最善を尽くして治したい。しかし、その治療費は国民全体で税金と保険料で支え合っている以上、治療費が増えるほど皆で分かち合う税金や保険料の負担は増える。まさに、給付と負担のバランスをどう考えるか。悩ましい問題を、このオプジーボという1つの薬が提起したのだ。

現在の仕組みでは、国民皆保険の仕組みでひと度このような高額薬剤を用いてよいと認められれば、医師が処方すれば誰でも使うことができる。確かに、治癒の見込みがある患者に使うのなら、誰もその使用に疑問は持たない。他方で、実際には、100歳の患者にもこの高額のオプジーボが使用された例があるという。この薬が効かないなら早期に薬の使用を打ち切り、効果がある患者への投与を必要最小限にとどめることで、国民全体の負担増を避けることができる。

医学的には、この治療の判断には、複数の治療法を比較して費用対効果を分析する考え方がある。治療にかかる費用とその治療を施した後の生存数について複数の治療法の間で科学的に比較して、治療法の優劣を検討するものである。ただ、「費用対効果」がいかに科学的でも、命にかかわる患者やその家族からみれば、「命の値段」を天秤にかけられているように感じられるかもしれない。

高額薬剤の適否について、科学的な方法だけで線引きをするとその基準に国民的合意が得られにくいかもしれない。しかし、何ら基準を設けずに誰でも自由に使ってよいとすると、その高額薬剤の費用の負担は、健常な人も含めた国民全体に及び、保険料の引き上げや増税を追加的に求められることになる。

広い見地からのガイドラインが必要

これまでにも、治療法などについて、医学界でガイドラインを策定して、専門医の間で治療の際に活用されてきた。高額薬剤の適否の基準については、まずは財政の制約から線引きするのではなく、医学的な見地から医学界でガイドラインを策定して、どのような場合に高額薬剤を使用してよいか、基準を作って頂くのが望ましい。前掲の国頭部長も指摘されているように、医学界には、コストは国が考えるべきで、医療経済は医療現場の問題ではない、との向きがある。これまではそうだったとしても、今後は、高額薬剤が医療全体にどのような影響を与えるかも視野に入れたガイドラインが必要となってこよう。

医薬品の開発によって、我々の生活の質(quality of life:QOL)が高まるような医薬品が提供されることは、基本的に望ましいことである。今後も、医薬品の積極的な開発に期待したい。ただ、高額薬剤の使用と費用負担のあり方が問われている。特に、国民皆保険の仕組みを持つわが国では、「夢の新薬」である高額薬剤が、お金持ちだけのものではなく、多くの人が使えるものであるが故の悩みである。

高額薬剤を使用する側も、国民が皆で税や保険料を出し合ったお金で支え合っていることを忘れてはならない。病気になったときはお互いさまで、国民全員が加入する公的保険(国民皆保険)があるから少ない自己負担で治療を受けられる。高額薬剤の費用がかさみ、国全体の医療費の半分以上も占めるようなことになれば、極端な保険料引き上げや増税を迫られるか、保険料や税を負担できる範囲で医療給付を抑制すべくいくつかの治療行為や医薬品は、国民皆保険の対象外とするというようなことになりかねない。そうしたことを避けるためにも、高額薬剤の使用と費用負担のあり方を今から真剣に考えなければならない。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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