「VR(仮想現実)バブル」は、いつはじけるのか 普及を阻むいくつかの障害
米国の大手エージェンシー・エプシロンの最高デジタル責任者(CDO)であるトム・エドワーズ氏は、次のように述べる。「パブリッシャーやメーカーには『これが未来だ』と人々に伝えさせており、広告主はそのことで興奮している。だが、消費者の見地に立つと、業界はまだ、こうした体験を求めるべき理由を示して、その正当性を立証する必要がある」。
2016年に市販されることになる多くのVR機器が高価である事実を考えると、これは特に困難な問題だ。フェイスブックの「オキュラスリフト」は予定小売価格が599ドル(日本向け9万4600円)で、ヘッドセットとコントローラーを同梱したソニーの「Playstation VR」は499ドル(日本向け4万4980円)、「HTC Vive」はそれらを上回る799ドル(日本向け11万1999円)だ。
普及にはこうした深刻な障壁があるため、グーグルやフェイスブック、サムスンは、もっと低価格のヘッドセットを市場に投入して、ライバルより価格面で優位に立とうとしてきた。グーグルのローエンドVRデバイス「カードボード」は、価格がわずか20ドル(約2000円)である。
また、同社は、お祭りなどの大規模イベントでの無料提供や、「ニューヨーク・タイムズ」と提携して100万人の同紙購読者に配布するといった大胆なマーケティングで「カードボード」を人々に届けようとしてきた。同様に、フェイスブックとサムスンは提携して、サムスンのスマートフォン「Galaxy S7」や「Galaxy S7 Edge」の購入者に価格100ドル(約1万円)の「Gear VR」を無料提供してきた。
こうした取り組みは、最終的に消費者の関心を煽るとしても、別の問題も生じさせる。さまざまなハードウェアメーカーやVRプラットフォームが、人々の時間と注目を獲得しようとしのぎを削る分裂状態になるというのが、その問題だ。
「技術としっかりと歩調を合わせなければ、大問題になる。グーグル『カードボード』の実用本位だがありふれた体験から、『オキュラスリフト』や『HTC Vive』のほかにはない優れた体験まで、多様であることを理解していない」。米エージェンシー、アーウィン・ペンランドで広告制作技術担当シニアバイスプレジデント兼ディレクターを務めるカーティス・ローズ氏は、そう指摘する。
それでも、パブリッシャーと広告主は買い付ける
ニューヨーク・タイムズにはVR編集者がおり、これまでに7本の短編映画を公開してきた。CNNは、何らかの方法でVRに「接する」20人構成のチームがあり、2015年秋に米民主党討論会をVRでライブストリーミングして以来、12本の動画を制作したという。
USAトゥデイ・ネットワークには、5人から成るチームがあり、92の地域系列局すべてで社員研修を行うことを検討している。同ネットワークは、2014年以降に41本のVRコンテンツを制作しており、春には、VRのウィークリーニュースシリーズを開始する予定だ。
USAトゥデイ・ネットワークの応用技術担当ディレクターであるニコ・チョールズ氏は、次のように述べている。「数カ月前まで、何千時間分ものVRコンテンツがあっても、私に言わせれば、そのうち優れたコンテンツは15~20分間分だけだった。残りは、もの珍しいコンテンツや受け狙いのコンテンツだ。頭に機器を装着したり、視聴者にスマートフォンを持たせたりするのは、負担になる。人々がそうするのは、そのなかにあるコンテンツの質がそうした負担を上回るという理由でしかない」。
広告サイドでは、エージェンシーが、VRにもっと慣れ親しむために資源を投じている。たとえば、アーウィン・ペンランドでは、10人編成のチームが時間のほとんどをVRに費やしている。大手デジタルエージェンシーのサピエントニトロは、北米担当の最高クリエイティブ責任者のゲイリー・ケプケ氏によると、すべての部署にVRに関する専門知識を持たせようとしているところだという。