(第3回)企業から見た「採用したい学生像」の変遷をたどる(バブル期編)

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●バブル崩壊、「採用したい人材像」にも変化が現れ始める

 採用におけるバブル崩壊の兆しは、私の実感としては1994年頃の中途採用市場から始まったと思っている。
 非メーカーの待遇に魅力を感じ、研究室ルートでメーカーへ就職しなかったエンジニアが、メーカーへ再就職しようという流れがバブル期にはあった。その流動化していた中途市場に求人減として表れ始めたのだ。そして、その波は次のターゲットを新卒採用市場に定め、浸食を開始し始めることになる。

 上位大学の文系学生を中心にスペシャリスト志向が強くなってきたのは、この頃からだろう。そう考えるには理由がある。1994年前後、私が採用支援業務で携わっていたある外資系企業A社の採用方法に、採用業界の鋭い嗅覚を持つ一部の人々が注目しだしたからだ。A社に業界の一部が注目しだしたのは、今日、ほとんどの企業が提出を義務付けているES(エントリーシート)やGD(グループディスカッション)、さらには職種別採用などにすでに取り組んでおり、その方法論をほぼ確立していたことが理由だ。

 採用を経営課題として捉える一部の企業がおぼろげながら意識し出したのだ。もちろん、人事部がこのような考え方をせざるをえなかったのは、採用数の激減とバブル期に計上していた採用予算の大幅削減が人事部の懐を直撃したことが理由だ。そして、バブル期の採用戦略から方向転換せざるをえなくなった人事部は、厳選採用の方法論の導入を前提にその検討作業に取り組み始めたのだ。

 そのような取り組みの折り、1992年にピークを迎えた18歳人口が大量に卒業する1996~97年度の新卒採用計画がまともにぶつかることになった。しかも、大学院への進学率がはじめて10%代を突破した1994年度の卒業生も同じ時期の採用に重なってきたのだ。バブル期に拡大した採用実績大学や研究室は、バブル採用以前よりも縮小され、偏差値レベルで厳選されることになった。いわゆる「厳選採用」、就職氷河期の始まりであった。

八木政司(やぎ・まさし)
採用プロドットコム株式会社 企画制作部 シニアディレクター
1988年関西学院大経済学部卒。大手就職情報会社で営業、企画部門で主にメーカーの採用戦略をサポート。その後、全国の自治体の地域振興に関る各種施策や計画書の策定業務に携わり、2000年から再び企業の採用支援業務に取り組む。08年4月より現職。
採用プロドットコム株式会社 https://saiyopro.com/
佃 光博 HR総研ライター

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つくだ みつひろ / Mitsuhiro Tsukuda

編集プロダクション ビー・イー・シー代表取締役。HR総研(ProFuture)ライター。早稲田大学文学部卒。新聞社、出版社勤務を経て、1981年文化放送ブレーンに入社。技術系採用メディア「ELAN」創刊、編集長。1984年同社退社。 多くの採用ツール、ホームページ製作を手がけ、とくに理系メディアを得意とする。

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