作業がはかどる「朝の30分」こそムダ話に使え 「仕事だけの組織では、仕事が行き詰まる」
最近、井手氏が話したことを聞くと、彼は面白おかしく「スリッパ事件」について話す。イタズラ好きの社員が、仲のよい社員と「トイレに入った隙にスリッパを隠す」遊びをしていた。ある日、井手氏がトイレから出ると、スリッパが遠くに放置されている。井手氏が「?」と思っていると、犯人が真っ青になって謝りに来た――。まさか社長のスリッパとは思わず、隠してしまったというのだ。
「”そんなアホなことやってんのか!”と盛り上がりましたよ。会話に生産性はないけど、周囲と仲良くなれそうな気がしませんか? しかも、朝礼でキャラや言動がわかってくると、いじりやすくなってくる。すると、仕事上でも議論が活発になります」
井手氏が話を継ぐ。
「そもそも議論って、普段からの信頼関係があるからできるんです。赤の他人といきなり意見をぶつけ合えと言われても、相手が感情的になるかもしれないし、自分だって否定されるのはいやだから、本音が言えない。一方、普段『仲間』として振る舞っていれば、真剣な場面で『私はこう思う』と発言できる」
社内文書でも社長を「てんちょ」とニックネームで書く
働く楽しさは、組織の中で、どれだけ自分らしく振る舞え、自分の意見が言えるかと比例する。社員が「参加意識」を持ち、会社の仕事を、イコール「自分の仕事」と思う組織を作るためには「自由にモノが言い合える」環境が必要だったのだ。
井手氏は同様の施策を連発した。ある日「今日からは上司も部下も関係なし! お互いをニックネームで呼び合いましょう!」と発案した。反発はあったが、社内文書でも「てんちょ」「ハラケン」「なおじい」「あづあづ」といった名前が並ぶこととなった。
次に井手氏は、部署名も変えてしまった。たとえば物流は「ハッピーお届け隊」、広報は「よなよなエール広め隊」、人事・総務は「ヤッホー盛り上げ隊」……。
理由は明確だ。
企業はそれぞれ「シェアードバリュー」を持っている。直訳すれば「共有された価値」。明文化されず、自然と社員が「ウチの会社はこうするのが当然」と考える価値観を指す。
そして、この明文化されていないシェアードバリューがやっかいなのだ。「ウチの会社は面倒な仕事をしたら負け」「目立つと叩かれる」……こういった潜在的な思考回路はなかなか変えられない。
では、どうするか。ここで少し筆者の発言を許してほしい。以前、LCC(格安航空会社)のピーチ・アビエーションを取材した時のこと。同社のエレベーターには、女性らしい文字で「1階だけの関係ならお断りよ」と貼り紙があった。「1階の移動なら階段を使おう」という意味だ。電灯のスイッチの隣には「灯りを消・し・て」と書いてあった。無駄な電気は使うな、という意味だ。その後、社長に「電気代まで削ることに意味があるのですか?」と聞くと、こう返ってきた。
「経理上の意味はあまりありません(笑)。でも、社員に『ムダなおカネは1円も使わない』という意識を徹底して持ってもらいたいから貼っています。会議の席上『これくらいの出費ならいいか』という雰囲気が蔓延すると、次第にみんなそう思うようになり、結果、『安い』という当社の特異性が失われかねません」
井手氏の施策も同様に、社のシェアードバリューを変えていった。同社が「前略 好みなんて聞いてないぜSORRY」など面白おかしい名の製品を世に出し、「宴」で社員がユーザーと交流してファンを増やせた理由がここにある。彼らは「企業の雰囲気」という目に見えないもの――だからこそやっかいなものを劇的に変えたのだ。
(写真提供:ヤッホーブルーイング)
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