キューバがストーンズを熱烈歓迎したワケ 共産国で奏でられたロックの「破壊力」

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キューバで野外公演を行った英ロックバンド「ローリング・ストーンズ」(写真: ロイター/Luke MacGregor)

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オバマ米大統領が歴史的なキューバ訪問を果たした後では、ザ・ローリング・ストーンズが無料コンサートをハバナで開催したことも比較的小さなイベントに思えるかもしれない。50年以上にわたる計り知れない敵愾心を乗り越えて大統領がキューバとの関係を回復させた一方、70歳代のストーンズの面々は、非常に騒々しい音楽を演奏しただけだったからだ。

しかし、象徴的な意味で、このコンサートは全く小さな出来事ではなかった。数十万人の愛情に満ちたキューバ人の前で行われたストーンズの演奏の意味を理解するには、共産党独裁政権の下で暮らしてきた人々にとってロックンロールが意味するものを理解する必要があるからだ。

1970年代のチェコスロバキア

たとえば、他の共産主義国と同様に1970年代のチェコスロバキアは荒涼として重苦しく、つまらない場所だった。二流の政党記者が論調を決め、社会全体が強制的な体制主義に覆われ、創造力が抑圧されていた。ロックンロールは、資本主義的退廃の有害な形態と見なされていたのだ。

英語で歌っていたプラスティック・ピープル・オブ・ザ・ユニバースという地元のロックバンドは70年代後半に「組織的な治安妨害の罪」で逮捕され、ローリング・ストーンズなど西側の音楽の録音は禁止されていた。

しかし、レコードはチェコスロバキアや他の東欧諸国に密輸され、後に大統領となる反体制派の劇作家バツラフ・ハベル氏ら若いファンが大切に保管していた。この騒々しく、アナーキーで、セクシーな禁断の音楽は、厳しく規制された日常の単調さからの逃避を提供してくれたからだ。

ロックンロールによって、たとえ一瞬の逃避であろうとも、人々は自由とはどういうことなのか想像できたのだ。そうした理由から、当局はロックンロールを心底、破壊的なものと見なしていたのだった。

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