iPhoneロック解除問題はアップルに理がある 司法省の主張を通すことの危険性とは?

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広く知られているように、米国には大規模な通信傍受システム「エシュロン」が存在し、同盟国・敵対国を含むあらゆる情報を傍受、分析している。また、1994年に成立した通信傍受支援法があり、必要と認められた場合に通信を傍受するため、通信事業者が使う機器(あるいは機器内のソフトウェア)の設計変更を裁判所を通じて要請可能だ。しかし、iPhoneをはじめとするコンピュータ端末には適用されない。

そこで司法省は「全令状法(All Writs Act)」という法律を持ちだし、アップルに裁判所が協力を行うよう強制する条令、命令を出すよう訴えた。これは裁判所が必要と認めた場合、どんな命令でも出せるというもので、過去の重大事件でスマートフォンから情報を取り出す手伝いをさせるために出されたことがある。

カリフォルニア中部地区裁判所は司法省を支持し、アップルが司法省に協力するよう求めている。ただし、アップルは本件について最高裁判所まで争う姿勢を見せているため、その決着はまだ先のことになるだろう。

この判断の後、並行して争われていたテロ事件とは無関係の協力要請に関しても、アップルが拒否している案件について、全令状法を用いてアップルに協力させる戦術を司法省は展開し始めた。今、話題になっているのはサンバーナーディーノでのテロ事件ではなく、ニューヨーク州の麻薬関連事件に関するものだ。

しかし、ニューヨーク連邦裁判所の下級判事は「憲法の基本原則を著しく損なう」と判断。司法省の訴えを退けた。司法省はこれを不服として、3月7日にあらためて上級判事に判断を見直すよう訴えた。

こうした一連の司法省の動きに対して疑問を投げかけている人物がいる。元CIA、NSA職員として知られているエドワード・スノーデン氏は「あらゆる通信を米政府は傍受しているのだから、今回のiPhoneが通信した内容も政府は把握しているはずだ」と指摘した。

そもそも、サンバーナーディーノの銃乱射テロ事件で使われたiPhoneは、”容疑者”の所有物であり、裁判で犯罪が確定したわけではない。加えて捜査対象の端末は、容疑者が日常的な仕事で使っていたものであると断定されているため、テロの連絡に使われていた可能性は低いとも言われる。その端末に、ここまでこだわって脆弱性を作らせようとしているのは、その後も情報収集に使える恒久的なバックドアを米政府が欲しがっているのではないかという推察だ。

一連のやり取りを正しく見極めるために

「個々の情報について解読を手伝うこと」と「端末自身を脆弱なものとすることで解読しやすくすること」は、まったくその意味が異なるということである。

アップルは前者は協力できるが、後者はできないと答え、司法省は悪用しないのだから、両方の手段を使えるべきであり、それが国家・社会の安全を守るために必要な措置であると主張している。

アップルが裁判で争う姿勢を見せていることから、結論がでるのはまだ先のことになるだろう。しかしここでの議論の経過が我々の社会、ビジネス、生活に与える影響は決して小さくない。

一連の報道を正しく見極めるためにも、それぞれの主張の意味と意図を冷静に見極めておく必要がある。

本田 雅一 ITジャーナリスト

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ほんだ まさかず / Masakazu Honda

IT、モバイル、オーディオ&ビジュアル、コンテンツビジネス、ネットワークサービス、インターネットカルチャー。テクノロジーとインターネットで結ばれたデジタルライフスタイル、および関連する技術や企業、市場動向について、知識欲の湧く分野全般をカバーするコラムニスト。Impress Watchがサービスインした電子雑誌『MAGon』を通じ、「本田雅一のモバイル通信リターンズ」を創刊。著書に『iCloudとクラウドメディアの夜明け』(ソフトバンク)、『これからスマートフォンが起こすこと。』(東洋経済新報社)。

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