少数精鋭で、かつ会社が自由に労働者の職務を決めることができるため、現在従事している職務がなくなったとしても、社内の別の仕事に配置転換することで、労働者の長期安定雇用を成り立たせることができる。また、長期安定雇用があるからこそ、勤続年数、つまり年功に応じた賃金の上昇も実現でき、先を見通した人生設計が可能になっていた。
つまり、残業や配置転換などについては、会社からの強い拘束を甘受するが、その対価はきちんと存在し、バランスが取れていた。業種や会社の規模によって濃淡はあるが、具体的には、持続可能な業務と安定した雇用、家族を養うだけの生活を維持することが可能な報酬が、労働者への見返りとして認識されていたといえるだろう。司法も、企業の強力な業務命令権を認める一方、判例で解雇権濫用法理を確立することで、正社員の地位を保護してきた(現在は条文化されている)。
高度経済成長期を背景として、こうした不文律ともいえるようなルールが確立していく中で、社会は次のような考えを抱くようになった。企業は、一度正社員として雇った以上、その人の面倒をきちんと見て能力開発を行い、長期安定雇用を前提として、家族を持つ「普通の」生活は保証してくれる。その代わり、働く側は「社会人として生きていくことは甘くない」ということを受け入れ、プライベートを犠牲にしても仕事に粉骨砕身することは、大人として当然である、と。
しかし、ブラック企業は、この日本型雇用システムに対する社会の信頼を逆手に取っている。伝統的な日本型雇用システムを運用する企業からブラック企業が引き継いだのは、「従業員の組織への貢献は無限定」という意識だけ。彼らは、日本型雇用システムの最大のメリットである「広範な指揮命令権」のみを享受する。一方で、見返りとして本来あったはずの長期安定雇用と、労働時間に見合った報酬については、「経営者目線がなければ、労働者も生き残れない」「仕事の報酬は、お客様の笑顔だ」といったもっともらしい理由をつけ、まるで存在しないかのようにふるまう。
安定雇用なき、長時間労働・低賃金を目指す
彼らは労働者全員を長期安定雇用をするつもりなど最初からない。それにもかかわらず、長時間の時間拘束は大前提。その上で、10万円台前半まで基本給を下げた上で数十時間分の固定残業代制度を導入したり、少額の手当を出すことによって、表面上は「普通の額」の給与であることを偽装する。さらに労務管理を意図的に放置して正確な勤務時間を不明にしたりすることもザラだ。こうした脱法とも言えるテクニックを駆使して、実質的な時給を最低賃金を下回る水準にまで吹き飛ばしている。
労働問題を扱うNPO法人、POSSE代表の今野晴貴氏は「労働集約型サービス業は現実にはジョブ型に近く、職務自体は限定的だ。正社員だからといって、全員が経営幹部候補になることはあり得ない。それにもかかわらず、職務の遂行方法、業務量、成果の評価方法については無限定のまま」と指摘する。これでは、完全にご都合主義のいいとこ取りとなってしまう。こうして、日本型雇用システムの「影」だけが残ることになり、言葉通りの「真っ黒な」ブラック企業が完成するのだ。
こうしたブラック企業を根底から撲滅するには、どのような処方箋があるのだろうか。今野氏は意外にも、日本に「階層」があることを明確にすることを提案する。「ワークライフバランスを重視し、使い潰されることのない『普通の人』の働き方と、自分の能力を最大限生かして大きなリターンを目指す『エリート・経営者』の働き方が、異なることを明らかすべき」というのだ。
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