「美の民主化」を進めよう

インダストリアルデザイナー・榮久庵憲司氏④

えくあん・けんじ GKデザイングループ代表。日本のインダストリアルデザイナーの草分け。1929年東京生まれ。東京芸術大学卒。キッコーマンの卓上しょうゆ瓶やヤマハ発動機のオートバイシリーズ、成田エクスプレスなど幅広い工業製品のデザインに携わる。

インダストリアルデザインとは物のデザインですが、私が物にかかわっていこうと心に決めたのは終戦後、広島に復員したときです。原爆で、町は一面の焼け野原。遺体は片付けられた後でしたが、自転車が焼け落ち、自動車や電車が引っくり返っていました。そして焼け焦げた鍋、釜……。私がリュックサックを背負って立っていると、それらの物から声が聞こえてきました。幻想かもしれませんが、救いを求める声が聞こえてきたのです。そのとき私は物には心があると初めて実感し、自分は物の世界に進もうと思ったのです。まだデザインという言葉を知らない16歳のときでした。

 日本が米軍に負けたのは、物資不足が原因という腹立たしい思いもありました。広島に進駐してきた米軍の兵士は、アイロンのかかったギャバジンの制服を着て、格好よかった。印象深いのは水筒です。腰の部分に曲線があった。日本の水筒は直線なので走るとぱたぱたする。しかしアメリカの水筒は腰にぴったりフィットしていました。このほか、ラッキーストライクのたばこ、ハーシーのチョコレート、4輪駆動車のジープ。特にジープの上に座ったままポケットからチョコレートを出して子どもに渡す風景に、物質的隆盛を嫌というほど感じていました。

美しい景色を自分のものと思ったらもっと楽しくなる

同じ頃、鞆(とも)の浦へ行きました。そこで見た瀬戸内の海は、言葉を失うほどきれいだった。陸を見ると焼け跡ですが、海を見ると美しい。大きな矛盾ですよね。その瞬間、小さい頃、父に言われた言葉を思い出しました。「この美しい景色を自分のものと思ったらもっと楽しくなるよ」、と。確かに美しいものが自分のものと思えると、とても楽しくなりました。

そうした経験が合わさって、私は「物の民主化」、しかも「美の民主化」を進めようと決意しました。それまでは、絵画などの「美」を持つことができるのは特権階級だけ。しかし、量産品の工業製品を美しく作れば、もっとたくさんの人たちが「美」を実際に持つことができる。それに貢献したいと思ったのです。それが私の仕事、インダストリアルデザインへとつながっていきました。

こうした人生の転機になる場面は、人間誰しもが多かれ少なかれ、いつか経験することだと思います。その瞬間を逃さず把握するために、さまざまなことを知り、感動し、日頃から自分の知的・情緒的認識を高めておくことが大事です。その認識が高まれば高まるほど、物事を集中して見ることができ、強い決意へとつながるはずです。

ライフの人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • 競馬好きエコノミストの市場深読み劇場
  • 育休世代 vs.専業主婦前提社会
  • 若者のための経済学
  • 最新の週刊東洋経済
トレンドライブラリーAD
  • コメント
  • facebook
-

コメント投稿に関する規則(ガイドライン)を遵守し、内容に責任をもってご投稿ください。

ログインしてコメントを書く(400文字以内)
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
子どもの命を守る<br>続発する虐待死、その真因を探る

子どもをめぐる悲惨な事件が後を絶たない。親からの虐待、保育園事故、不慮の事故……。子どもの命の危険とその解消策を検証した。長時間労働が深刻な児童相談所の実態、低賃金・高賃金の保育園など保育士の処遇に関する独自調査も。