平安美女「復讐の書」が現代女性を救うワケ 「蜻蛉日記」に詰まった恋する女の恐い本音

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内容の信憑性はさておき、あくまでも真実を語っているように見せかけるというのはいわゆる日記文学のお約束なのだが、『蜻蛉日記』はそのような小細工をいっさい使っていない。

夫を待ち、恨み続けた21年間の「黒歴史」

なぜなら、みっちゃんは、日々のささいなことを書き留めるとか、過去の出来事を忠実に記しておくとか、真実をつまびらかにするとかいったことにまるで関心がなかった。伝えたいことははただひとつであり、それを伝えるために「夫・藤原兼家は最低の野郎なのだ」という前提をもとに物語を発展させている。その「開き直りっぷり」は同年代の日記にはないスパイスであり、『蜻蛉日記』がより異質な作品として際立つのに一役も二役も買っている。

まず、出だしからすごい。

かくありし時過ぎて、世の中にいとものはかなく、とにもかくにもつかで、世に経る人ありけり。〔…〕世の中に多かる古物語のはしなどを見れば、世に多かるそらごとだにあり、人にもあらぬ身の上まで書き日記にして、めづらしきさまにもありなむ、天下の人の品高きやと問はむためしにもせよかし、とおぼゆるも、過ぎにし年月ごろのこともおぼつかなかりければ、さてもありぬべきことなむ多かりける。
【イザ流圧倒的意訳】
こうして時間ばかりが過ぎておばさんになっちまって、どっちつかずの人生を虚しく送っているあたしなのだ。〔…〕世の中に出回っている物語をのぞいてみると、綺麗事ばっかり。そんなうそっぱちの内容さえ面白いと思っている人がいるのなら、このあたしが自ら経験した、人並みではないことを日記にしたらどんなに面白いであろう。身分の高い人との結婚生活はどうだ、と聞かれたときの実例にでもしたらいいと思うわ。これでも時間と共に記憶が薄れ、たくさんのことを許せるようになった。

 

これは上巻の序文であると同時に、全体の序文でもある。ここですでに作者が最も話したいこと、つまり「自らのはかない結婚生活」というテーマを持ち出している。『蜻蛉日記』は上巻・中巻・下巻の三部からなり、上巻には15年間、中巻・下巻はそれぞれ3年間の出来事が収められ、作者が兼家を愛して、待ちわびて、呪った21年間の黒歴史がどっぷりと詰まっているのだ。

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