福岡にある宅老所に新しい介護モデルをみた 「優しく社会と繋がる未来がほしい」

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下村氏はしびれた。

「おほぉぉぉ。この都会で野垂れ死にする覚悟で生きとる『ばあさま』がおる。こりゃあその『野垂れ死ぬさま』をなにがなんでも拝ませてもらわんといかん!」

入居できる施設を探すが……

氏は、元同僚2人に声をかけ、ホームヘルパーとして老女の部屋に通い始めたが、より賑やかに開かれた場所で老女と付き合いたい、そのような思いから、入居できる施設を探し始める。しかし、どこからもよい返事はもらえない。うちでは扱えない、他の利用者にも迷惑だ……。氏は怒った。

「けっ!ばあさま一人の面倒もみきらんで、なんが福祉か!なんが介護か!なんが専門職か!バカにしくさって!」

「ああもうわかった!もう誰にもたのみゃせん!自分たちでその場ちゅうやつを作ったらよかっちゃろうもん!」

浄土真宗本願寺派伝照寺に相談したところ、お茶室を貸してもらえることになった。しかし、老女がすんなりと出てくるとは思えない。一計を案じた。

「今度、お寺でよりあいがあります。住職さんが『大場さんに来てもらわんと近所の人にかっこがつかん』ちゅうてあります。ここは住職の顔ば立てると思って、一肌脱いでもらえんでしょうか?」

「わかった。そげんこつなら、あたしも行かにゃいかんめぇ!」

こうして、伝照寺のお茶室で“よりあい”ーー、一風変わったデイサービスが始まった。

一人の困ったお年寄りから始まる。
一人の困ったお年寄りから始める。
制度があるからやるのではない。施設が作りたいからやるのではない。思いがあるからやるのではない。夢を実現したいからやるのではない。目の前になんとかしないとどうにもならない人がいるからやるのだ。

 

一日のプログラムと呼ばれるものは一切ない。リハビリもお遊戯もない。みんなでわいわいやる。花見に出かけたり、徘徊、ではなく、ぶらぶら散歩をしたり。みんなで同じ時間を楽しむ、それだけである。デイサービスを行う施設がまだ少なかった時代、クチコミで“よりあい”の噂は広まり、参加する人数も増え、いつしか寺の本堂にまでお年寄りが溢れるようになった。仏事に影響が出るようになり、拠点を寺のすぐ隣の民家に移転する。それが1992年のこと、「宅老所よりあい」の本格的な船出だった。

「よりあい」はデイサービス施設としてスタートしたが、施設数を増やす一方で、運営は苦しかった。「よりあい」の介護は、一人ひとりのお年寄りから始まる。一人ひとりのお年寄りから始める。利用者それぞれの心身の流れに沿って動く。それは、計画的な介護ではなく、個別の事情に即した介護だ。人も時間もお金もかかる「効率とは無縁の世界」だ。利用者の「一人の生活者」としての生き方を尊重し、支える。そんな介護はしかし、+αの介護報酬を受け取れるわけではない。そこにあるのは全く儲からない仕組みである。

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