大転換 脱成長社会へ 佐伯啓思著 ~「成長」という価値観 それ自体を疑うべき時
冷戦が終わって今年で20年になる。この20年の間に、世界を取り巻く状況は目まぐるしく変化した。一時は「衰退」が決定的と思われていたアメリカ経済は「復活」し、冷戦後のグローバル経済の推進役となった。貿易と投資の拡大の波にのって中国などの途上国は急成長を遂げ、世界的な好況の中で日本も長期不況から脱したかに見えた。
だが、今回の金融・経済危機は、これまで順調だったグローバル経済の発展図式をつき崩しつつある。冷戦の終わりはソ連型の社会主義の終わりを意味していた。その後の20年で、今度はアメリカ型の資本主義が再審に付されようとしているのだ。
本書は、今回の危機を、単にブッシュ政権の経済政策の失敗といった次元でのみ捉えるのではなく、1980年代から始まる新自由主義の失敗や、金融中心の経済成長の限界、アメリカ主導のグローバリズムの必然的な帰結として捉える試みだ。それだけではない。金融技術の背後にある合理主義の限界、経済成長の希望が打ち砕かれた後のニヒリズム(虚無主義)の到来など、現代の危機を思想的な次元から捉え直すこと。それが本書の中心的なテーマである。
特に重要なのは、本書の後半で展開される、産業主義への考察だ。今回、金融主導型経済の脆さが露呈したことで、製造業を中心とした産業主導型の経済モデルの方が望ましいとする意見が支持を増やしている。だが、モノがあふれた現在の先進国で、新たな産業主導型の成長路線は容易ではない。金融主導の経済成長が無理だからといって、産業主義へと簡単に戻ることはできない、というところに今回の危機の根深さがある。
次の一歩は、産業か金融かという二者択一ではなく、従来の経済モデルが暗黙の前提としてきた、効率性や成長という価値観を再検討することから始まる、というのが本書の主張である。新たな成長モデルを探す前に、「成長」という価値観それ自体を根本的に疑うべき時に来ているのだ。言うまでもなく、それは容易な作業ではないし、現実的な処方箋がすぐに導けるというものでもない。だが、世界的な大不況の到来が、市場の奪い合いという国家間の危険な対立を呼び起こしつつある現在、そうした迂遠に見える作業こそ、実は喫緊の課題だと言える。
今回の危機が始まる10年以上も前から、著者は、グローバル資本主義はいずれ行き詰まる、と警告し続けてきた。だが、この10年間で状況はますます切迫している。かつてケインズは「次の一歩は性急な実験からではなく、思想から始まる」と述べた。それから1世紀が過ぎた今、再び思想の力が問われている。
さえき・けいし
京都大学大学院人間・環境学研究科教授。専攻は社会経済学・経済思想史。1949年生まれ。東京大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。著書に『隠された思考』『「アメリカニズム」の終焉』『現代日本のリベラリズム』。
NTT出版 1680円 278ページ
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