『動的平衡』を書いた福岡伸一氏(青山学院大学教授・分子生物学者)に聞く

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--ダイエットの例も引いていますね。

機械論的な考え方があてはまらないことがよくわかる。ダイエットを科学してみると、インプットがアウトプットにそのままでてこない。インプットが小さいうちはアウトプットになるものは吸収されて、動的平衡状態の中で帳消しにされる。でもどんどんインプットしていくと、この動的平衡状態はそれを吸収しきれなくなって急に反作用を返してくる。またそれが過剰になると、それ以上に動的平衡状態はレスポンスできなくなる。動的平衡状態の仕組みは、アウトプットとインプットが非線形的に成り立っている。

具体的に言えば1000キロカロリー余分なカロリーをとるのと、100キロカロリーを10回に分けてとるのは同じにみえる。でも、非線形的な世界では1000をとっても体脂肪はそれだけ増えるわけではない。ドカ食いするよりチビチビ食いのほうが、事実として仕組みは動的平衡になっているので、ダイエットのソリューションの一つになる。こういうことがほかのいろいろな局面でありうる。

--記憶というものの考え方も違っています。

記憶は脳のどこかに一種のビデオテープのようなものでしまわれていて、それがスイッチを押されて再生し、時間が経つと劣化すると思われがちだが、実はそうではない。そのビデオテープ、つまり何らかの生体分子が脳のどこかに格納されていることは、動的平衡から成り立たない。体の中の分子は一つの例外もなく絶え間なく更新され分解され捨てられて、新しいものと入れ替わる。そういうものでは記憶は保てない。

それでも記憶を保っている気が漠然とする。それは物質レベルで記憶がためられているのでなく、それよりも上のレベル、神経細胞がシナップスで連結し合って、昔使った回路にもう一度電気が流れるからと考えられる。細胞の分子はものすごい速度で入れ替わるが、細胞は残る。物質よりも上にある構造が残って保存される。記憶のシナップスが星だとすると星をつないだ星座のように脳の中に残っている。長い時間が経つとこの中身が変わるとともに、かたちは少しずつ変化していく。それが記憶の変容であって、電気が流れているのはいま現在だから、記憶はいまつくられているともいえる。

ただ、電気が流れれば流れるほどシナップスの連結は強化される。ある昔のことを鮮やかに覚えているということは、そのことが印象深いというよりは、それまでの間に何度も意識的にあるいは無意識的に思い出していることによる。 
 

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