ポトスライムの舟 津村記久子著
女性契約社員ナガセの身辺事情が、奈良の古い自宅(時に工場も)を舞台に綴られる。家出して転がり込んできた友人親子、世界一周をめざして貯金に励みながらいつも気になる通帳の数字、風邪で会社を休む彼女が見る夢と、穏やかな展開が続いて事件と言うほどのことも起きない。
とはいえ随所に現れるアヤと機微が温もりを生んでいる。芥川賞作品でこの淡々とした味わいは貴重である。重苦しいはずの社会の底辺近くでのささやかな楽しみや悩み、時に不条理に、しかし結局は日常を受け入れていく心理描写はさわやかで、友達のためになけなしの貯金をなんとなく使ってしまうあたりは秀逸だ。ただしナガセと友人のヨシカの名をカタカナにしたのは功罪相半ばの感がある。
ポトスライムは主人公が育てる観葉植物で、空想の舟とともに温かな生命力と夢の象徴だろう。併載の「十二月の窓辺」は女性上司のパワハラに翻弄される女性の心理を描く。(純)
講談社 1365円
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