迷走する「東京五輪」とロンドンの決定的な差 "女王を上空に飛ばす"など、衝撃演出の真意
東京と同じ「成熟都市」で開催された大会ということで、比較検証すべき対象としてロンドン五輪が挙げられることがあります。ロンドン五輪のメーンスタジアムは600億円という、比較的リーズナブルな予算で造られた競技場として注目されていますが、コスト面ばかりではなく、全体としての「ロンドン五輪計画」がどのようなものだったかに、学べるポイントが多々あるのです。
私は、ロンドン五輪は「イギリスを“売り込む”ための壮大なプロモーション」だったと見ています。五輪は“目的”ではなく、プロモーションのための“手段”として捉えられていたのです。
「都市全体を競技場」とする壮大なコンセプト
私、山嵜一也は2001年に単身渡英し、12年間、ロンドンで建築士として働いていました。イギリスでの12年間は、ロンドン五輪の準備期間と重なります。
勤務先の建築設計事務所アライズ・アンド・モリソン・アーキテクツは、招致段階から五輪に関わっており、私は招致レースのためのメーン会場のマスタープラン模型からロンドン五輪計画に携わりました。
メーン会場地区となるロンドン東部地区・ストラトフォードの2012年以降の活用法を考えるレガシーマスタープランフレームワークのチームに配属されると、“ロンドンの2030年、2050年の次世代を見据えながらビジョンを描く作業”に携わりました。そして2011年が明けると、グリニッジ天文台公園を敷地とした馬術競技場建設現場監理に配属されました。
結局、招致、レガシープラン、競技場現場監理と、成熟都市で開催される五輪計画に直接、断続的に携わる機会に恵まれました。
招致の頃を振り返ってみると、その時点でロンドン五輪には、きちんとしたコンセプトが描かれていました。街角に飾られた招致ロゴやポスターに、テムズ川の流れやタワーブリッジをはじめとしたランドマークを採用していることからも、「都市を競技場とする五輪」という壮大なコンセプトが既に描かれていたのです。
ロンドン五輪のコンセプトを実現するための手法を、私なりに集約すると「祭りやぐら」「都市を借景」「見得を切る」の3つになります。
現場監理を担当したグリニッジ馬術会場の観客席は、「鉄パイプの構造体に布をかぶせただけ」という非常に簡素な造りでした。他の競技場も仮設が多く、それはまさに“祭りやぐら”のようなものです。開催期間が決まっている“祭り”なら、仮設の“やぐら”のようなものでいい――祭りが終われば解体するのみ――そんな考え方があったように思います。
しかし、その簡素な造りを補うように、ロンドンという”美しい都市を借景”にした綿密な競技場の配置計画がありました。
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