佐藤優の「村上春樹の読み方」が深い、スゴい 100万部「多崎つくる」は、こう読み解ける

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佐藤:読んだ方はご存じだと思いますが、村上春樹にしては珍しく「名古屋」という地名が出ています。村上春樹は「個人と世界」を書いてきた人です。今回も「日本」という国家はありません。しかし、「名古屋」という地域はあるわけです。

井戸:主人公・多崎つくるとその友達の出身地が名古屋ですね。そして、主人公の多崎つくる以外は、「アカ」「アオ」「シロ」「クロ」とみんな名前に色がついています。

東大に行く力がある「アカ」は「型」を身につけた人間

佐藤:その中の「アカ」(赤松)は、親は名古屋大学経済学部の教授で、本人も本当は東大に行けるほどの力があるものの、「仲間と名古屋に残りたい」から名古屋大学に進み、卒業後は銀行に勤める。ところが3年で辞めてしまい、今は会社を立ち上げ自己啓発セミナーを始めて大成功しています。

「しかしどこからそんなアイデア(引用者注、自己啓発セミナー)が出てきたんだ?」
アカは笑った。「そんなにたいした話じゃない。大学を出て大きな銀行に勤めたが、仕事はつまらなかった。上にいるのは実に無能なやつらばかりだった。目の前のことしか考えず、保身に汲々として、先を見ようとはしない。日本のトップ銀行がこんなざまなら、この国はお先真っ暗だと思ったよ。三年間自分を抑えて仕事を続けたが、事態は好転しなかった。ますます悪くなっていったくらいだ。そこでサラ金の会社に転職した。そこの社長がおれのことをずいぶん気に入って、こっちに来ないかと誘ってくれたんだ。そこはいろんなことが銀行より自由にやれて、仕事自体は面白かったよ。しかしそこでもやはり上の連中と意見があわず、社長に詫びを入れて、二年と少しで辞めた」
(中略)
「どうやらおれは人に使われることに向いていないらしい。一見そうは見えないし、おれ自身、大学を出て就職するまでは自分のそんな性格に気がつかなかった。でも実にそうなんだ。ろくでもない連中から筋の通らない命令を受けたりすると、すぐ頭が切れちまう。ぷちんと音を立てて。そんな人間に会社勤めなんてできない。だから腹を決めた。あとは自分で何かを始めるしかないってな」 
(村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文春文庫、p212~213)

 

佐藤:アカは東大に行けるくらい優秀です。つまり、「型の知識」はしっかり身につけている人間ということです。

井戸:でも同時に、会社の中で命令を受けて従うだけの、「型」にはまる人間にはなれなかったわけですよね。

佐藤:ええ。それがわかったときに、アカは「『型』と『型破り』の関係性」に気づき、「『型』どおりの考えしかできない人間」を相手に、自己啓発セミナーのビジネスをすることを考えつくのです。ここを読めば、「自分の頭で考える人になるヒント」が見えてきます。

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