竹中平蔵氏「僕が会いたい5人の偉人」 惚れる!歴史のリーダーの「ここ」に学べ
明治維新は列強の支配、環境国家への変貌は石油危機など、日本は大きな危機をバネに変貌を遂げてきましたが、2011年にも、日本を大きな危機が襲いました。東日本大震災です。
人々は助け合い、「自分にできることは何か」と考えました。国は復興構想会議を立ち上げました。しかし各省の役人のペースで話が進むのをみるにつけ、私は失望しました。震災前の既得権を失いたくない役人や新たな既得権を獲得しようとする勢力が復興を阻むと思ったからです。あのとき、もしも「後藤新平」がいたら、事態は好転したはずです。
ピンチをチャンスに変える「後藤新平」
後藤新平は、医者出身の異色の政治家で、日本の植民地だった台湾の統治に貢献、インフラ整備などを手掛けます。関東大震災のあとには帝都復興院の総裁に就任し、復興計画を策定します。
大震災で多くが失われたのは不幸なことですが、後藤は理想的な帝都を作る大チャンスだと発想を転換します。都市を作り替えるには今あるものを取り壊さねばならず、平時においては容易なことではありませんが、震災で多くが壊れてしまったなら、それを契機としてさらにいいものに作り替えればいい…。つまり、震災というピンチをチャンスに変えようと考えたのです。
予算の都合もあり、彼の構想のすべてが即座に実現したわけではありませんが、のちに実現したものも含めると、現在の東京の骨格は後藤の構想によるところが大きいといえます。
後藤新平がいれば、そして、当時の民主党政権が彼のような人物を登用していれば、今頃、三陸は世界がうらやむようなエコシティになっていたと思います。
このように、あの人物が今いれば……。私は時折、そのような想像をすることがあります。
日本では、リニア新幹線の開発が進行中です。2027年までには東京‐名古屋間が開通、45年には大阪まで延伸するという計画ですが、私は27年に大阪まで一気に開通すればいいと思っています。そして、そういう大風呂敷を広げる政治家に出てきてほしいと願っています。
新幹線ができるまで、東京から大阪の鉄道移動は6時間半かかりましたが、新幹線開通により日帰りができるようになりました。さらにリニアが開通すれば、東京から名古屋までは最速で40分、大阪までは67分の予定です。出張ではなく、「外出」の距離であり、つまり、東京、名古屋、大阪はひとつの都市圏になる。いわば世界最大の都市圏です。
都市にはいろいろな企業があり、さまざまな人がいて、あらゆる文化がある。だからこそ、イノベーションが起きます。世界最大の都市圏ができるということは、すなわち、世界最大のイノベーションエリアが生まれるということです。
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