南氷洋での調査捕鯨は、百害あって一利なし オーストラリアとの同盟強化のほうが重要

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仮に利益があったとしても「日本国民の溜飲が下がる」だけの話だ。商業捕鯨の停止は「クジラが可哀想」といった感情的な発想が元にある。確かに、捕鯨停止のやりかたも力ずくであった。非捕鯨国を国際捕鯨委員会に参加させ、採決したことから、日本がそれに強く反発した経緯がある。この経緯は確かに批判されてしかるべきだが、日本の味方になってくれる国は多数ではない。

かつて日本において捕鯨は一大産業であったが、衰退が激しく、放置すればなくなる運命の産業だったといえる。それを日本の水産行政は、調査捕鯨という国策で延命している。さらに魚の乱獲を誤魔化すためにも使われた。10年ほど前には「鯨が増えすぎて魚を食い尽くし漁業が打撃を受けている、だから捕鯨が必要」と主張していた。今から見ればただの魚の取り過ぎだが、それを隠し捕鯨の必要性に理屈付けようとしたものだ。

安全保障と捕鯨のどちらが重要か

安全保障での同盟関係の重要性と比較すれば、南氷洋での調査捕鯨の重要性は低いといわざるをえない。

中国との対峙において、オーストラリアとの同盟は欠かせない。中国海軍の外洋進出は続く。それに対峙し、同時に日本海上輸送を保護するためには日本も外洋にでなければならない。将来的にマラッカ海峡の西側、その迂回路となるスンダ、ロンボク、サペ、オンバイ海峡の外側への展開も必要となるだろう。そのためには根拠地の提供が必要となるが、貸してくれそうな国はオーストラリアしかない。

また、経済的利益も捕鯨の比ではない。風向きは悪いものの、オーストラリアは日本の潜水艦を買う可能性がある。その潜水艦計画でも4兆円規模とされている。仮に現地建造となるにせよ設計や専用構造材の販売、建造支援は相当の利益を産む。同時に航海、操舵、火災・浸水対処用の実物大シミュレータも売れる。さらにその後の整備や改装でも日本の造船業にお金が落ちてくる。

これらを考慮すれば、日本は南氷洋での捕鯨は諦めるべきという結論になるのが自明ではないか。

なお、本稿は調査捕鯨そのものを止めることを主張しているわけではない。南氷洋で実施するのはあきらめ、もし継続するのであれば、日本近海でやればいい。日本人が日本の庭先でやる分にはオーストラリアと揉めることはない。ここは外交における冷静な判断が求められるところだ。

文谷 数重 軍事ライター

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もんたに すうちょう / Sucho Montani

1973年埼玉県生まれ。1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。ライターとして『軍事研究』、『丸』等に軍事、技術、歴史といった分野で活動

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