「ゾス!」の会社と起業ブームに共通する短期志向の陥穽、経営学者は「ザ・ノンフィクション」炎上回をどう見たのか【後編】
4月に社会へ出たばかりの新社会人が持つべき基準は、世間の風潮に流されることではない。自分自身の心身の健康を保ちつつ、置かれた場所でいかに成長できるかを模索し、目の前の業務を通じて組織に貢献する誠実なプロセスの先にこそ、どこでも通用する実力が備わる。
一方で、経営者や現場の中間管理職も自覚しなければならない。同調圧力で個を押しつぶすやり方は、短期的には成果が出ても、長期的には組織を壊す。本当の育成とは、1人ひとりの人間らしさを尊重し、理不尽な強制ではなく、自律的な成長を支援することにほかならない。辛抱してもいいと思わせる論理的なアドバイスが求められる。
かつて、京セラ創業者の稲盛和夫氏は、20代で倒産寸前の碍子(がいし)メーカー・松風工業に入社し、劣悪な環境に置かれた。不満を漏らして逃げ出すのではなく、「この場所で誰にも負けない研究をしよう」と決意して実験室に寝泊まりし、日本初の新セラミックス開発に成功した。
兄から「とどまるように」との説得もあったが、稲盛氏は辛抱する論理的理由を自ら見いだしたのだ。不遇の時代を耐え抜いてつかんだこの成果が、後の京セラ創業へと結実する。これは、一見「砂利石」に見える環境を、自らの取り組みによって「ダイヤモンド」へと変えた好例といえる。
あえて「手間のかかる領域」に踏み込め
いま、AIや効率化が極限まで進む時代においてビジネスパーソンに必要とされるのは、あえて手間のかかる領域に踏み込む視点だ。顧客との対話や、泥臭い現場の観察、時間をかけた信頼構築。これらはエクセルの数値には表れないが、競合他社が容易に模倣できない独自の強みとなり、揺るぎない顧客の信頼という資産に変わる。
令和の経営に求められるのは、昭和型の猛烈さを単に否定することでも、無批判に礼賛することでもない。かつてのやり方が何を生み、何を壊したのかを冷静に検証し、伝統と革新を融合させた文化を意識的に設計することだ。
番組で2人の若者が見せた涙と葛藤は、私たちに、会社という組織が、人をダイヤモンドにする場所か、それとも砂利石として使い捨てる場所か、という重い問いを突きつけている。
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