「仕事そのものはかなりしんどかったですね。あとは、会社を受けた時は大人用オムツで『不快を快にしたい』と思っていたんですけど、不快になる前の予防に深く関わった方が自分がやりたいことをやれるんじゃないかなと思ったんです。
仕事を続けられないほどつらくはなかったのですが、母から『医療系の方面に行ってみたら?』という助言をもらったこともありましたし、私は子どもも絶対に欲しかったので年齢的に今しかないと思って再受験に踏み切りました」
大手企業を早々に退職→医学部を志望し再受験
「再受験の期間も試験までの10カ月しか設けないと決めていた」というtarakutiさん。会社を辞めて地元の福岡に引っ越しするなどのバタバタはあったものの、受験勉強は予備校に入った4月から無事スタートすることができました。第1志望には、医学部を考えていたそうです。
「コロナが流行してたので一度家に帰されたんですけど、5月には再集結してがっつり勉強を始めました。目標は高い方がいいから、と医学部と薬学部を目指して朝から晩までずっと勉強していました。一番つらかったのは、当時付き合っていた彼氏がいたことです。大学から付き合って働いていた時も同棲していたのですが、仕事を辞めて福岡に帰るから遠距離になったんです。それでも月に1回は会えると思っていたからそれを励みに頑張ろうと思っていたのですが、コロナが流行ったので1年半まるまる会えなくなったんです」
「やめて再就職して関西に戻ろうかなとも思いました」というつらい受験生活を送ったtarakutiさん。志望校は川崎医科大学の医学部だったそうですが、のちに変更します。
「元々は川崎医科大学を目指すのが可能性が高いかなと思って志望校にしていたんですけど、勉強していく中ですべての科目をカバーするのがこの期間じゃ無理だと思ったんです。
そこで、数3と物理を切りました。その時点で川﨑は受けられなくなったんですけど、帝京と東海は理科が1科目でもよくて数3がいらないからそっちを目指しました。10月にはそれでも難しいと思ったので帝京に絞りました。帝京は英語と国語と化学で受けられたので、予備校で勉強するのは英語と化学のみという感じで勉強していました」
最終終的に受けたのは帝京大学の医学部と、昭和大学(現・昭和医科大学)の薬学部、摂南大学の薬学部、神戸薬科大、武庫川女子大学の薬学部でした。



















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