「お前も鬼にならないか?」鬼滅やチェンソーマンに見る、令和の若者が"強大な力への代償"に投影する心理
「超常的な存在そのものになってしまう」というのは、悲劇的な形で描かれる場合もあります。代表的なのは漫画「鬼滅の刃」における「鬼」で、猗窩座の「お前も鬼にならないか?」という敵側のセリフはあまりにも有名です。鬼になることは強大な力を得る一方で、人間性を失い、人を喰らう存在になってしまうという悲劇でもあります。
またゲーム「女神転生」シリーズは超常的存在が登場する作品ですが、そこではしばしば悪魔や天使との「融合」が登場します。「真・女神転生Ⅳ」ではワルターという人物がルシファーと融合し、ヨナタンという人物が四大天使と融合していました。人と神の融合は「真・女神転生Ⅴ」でも登場し、「ナホビノ」という呼称で呼ばれています。融合によって強大な力を得る一方で、もはや元の人間には戻れないという不可逆性が、物語に深い陰影を与えています。
3.子孫・混血としての能力保持
最後に、悪魔や神・天使などの超常的な存在の子孫・混血のケースがあります。
Netflixドラマ「ウェンズデー」では「人狼族」とか「ウンディーネ」とか、そういう人外と混血で生まれた人物が現れます。生まれながらにして特殊な能力を持つ存在として描かれており、契約や変容を経ずとも力を使えるのが特徴です。
漫画「SANDA」でも「サンタクロースの末裔」という設定の主人公、三田一重がその力を発揮することができるという設定になっています。血筋によって受け継がれる能力という設定は、運命的な要素を物語に持ち込むことができます。
このように、エスパー能力モノにおける超常的存在との関わり方は多岐にわたります。契約によって力を借りるのか、存在そのものが変容してしまうのか、あるいは生まれながらにしてその血を引いているのか。それぞれのパターンによって、物語のテーマや登場人物の葛藤も変わってきます。
こういう超常存在との融合や超常存在そのものになってしまう作品は今後どんどん増えてくるのかもしれません。力を得ることの代償、人間であることの意味、そして超常的な存在との境界線──これらの問いは、これからも多くの作品で描かれ続けることでしょう。
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