それからバブルが崩壊し、97年に平成金融危機が発生すると都市銀行など大手金融機関の破綻が相次いだ。当時、大きく影響を受けたのが第二地銀だった。中小・零細企業向けの融資が多かった第二地銀は不良債権処理に苦しみ、90年代から2000年代にかけて破綻・合併が相次いだ。
平成初期に68行あった第二地銀は08年までに44行に減少。一方、地方銀行は64行を維持し続けた。
その後、地銀業界にとって最大の課題である「人口減少時代」に突入する。景気低迷、低金利、東京一極集中なども相まって、再編が加速するきっかけとなった。
九州では15年、肥後銀行と鹿児島銀行が経営統合によって持ち株会社の九州FGを設立し、地元トップ行同士の「対等な精神」に基づく統合として注目された。16年には横浜銀行と東日本銀行の経営統合により、コンコルディアFG(現横浜FG)が誕生。同年、常陽銀行と足利銀行の経営統合でめぶきFGも設立された。



















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