「関学入学でも幸福度はゼロだった」学歴への執着と自己嫌悪で"負の4年"を過ごした彼女が早稲田再受験で手放した呪縛

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「早稲田はどうせ落ちているから、結果を見なくてもいいやと思っていました。でも、人間科学部だけ見てみようと思って見たら補欠者の欄に自分の番号があったんです。結局繰り上がることはありませんでした。補欠に引っかかるくらいまでギリギリのところまで来ていたのに結局、自分が自分のことを信じていなかったんだと情けなくなりました。なんで受験期に最後まで粘りきれなかったんだろう、なんで『どうせ私はここまでだ』と見切って受験勉強にブレーキをかけてしまったんだろうと思いました。

私ってここまでいったんだ、もしかしたら早稲田に行けたかもしれなかったんだと思うと、関学に受かってうれしかった喜びも崩れ去って、大学に入学しても、春が来たという心情になりませんでした」

2016年に関西学院に入学し仮面浪人をするか迷いましたが、「友達に見られる」「隙間時間でやっても集中できない」「現役で入ったのにもったいない」こともあり、結局大学を辞める選択肢を取ることができませんでした。

憧れに押しつぶされて過ごした“負の4年”

「高校受験や、受験以外でも人生でいっぱい失敗してきましたが、かといって自分を嫌いになることはなかったです。多分それは、全部本気で取り組んでいなかったから。適当な気持ちでやったことで失敗したところで平気でした。

でも、初めて心の底から一生懸命になれた大学受験で失敗してしまったこと、自分があとひと息で憧れに到達できていたかもしれないという悔しさは、初めて自分のことを嫌いにさせる出来事でした。

今考えると、関西学院大学の環境は良かったと思います。でも自分のことが嫌いだから楽しめませんでした。せっかくできた友達とかもいい子ばかりだったのに粗を探してしまって。人の粗を探すことでしか自分を保てないくらい、嫌な人間になっていました。楽しもうという気概がないから何があっても楽しくなかったです。泣いたこともあるし、消えてしまったほうがマシだと思ったこともありますね。幸福度を数値にすると、自分がゼロだから、何をかけてもゼロの生活でした。

人の真似をしてちょっといい買い物をしたり、どこかへ出かけたりして10や100をかけてみても、ずっとゼロでした。自分の人生に当事者意識もなかったので就活もせず卒業しました。負の4年間でした」

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