「ビニールで目隠し」「階段には"立入禁止"の張り紙も」…バブル期に生まれた「千葉の廃墟モール」大失敗の要因

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ところが1991(平成3)年にバブルが崩壊すると、あすみが丘の高級住宅が売れなくなっていく。「ワンハンドレッドヒルズ」の入居率も5割程度であった。さらに1990年代半ば以降、都心に住む傾向が強まり、あすみが丘の人気は下落していく。

あすみが丘がある土気駅から東京駅まではJR外房線快速で約1時間と都内への通勤圏内ではあるものの、千葉県の中央あたりに位置している。バブル期と比べて職住近接の傾向が強い今、「遠い」と感じる人も多いだろう。

Googleマイマップ
赤ピンが土気駅。都心から離れている(Googleマイマップで作成)

あすみが丘の活性化を目指した東急不動産は、2000(平成12)年に「あすみが丘ブランニューモール」をオープンした。

しかし、東急不動産が開発した街にもかかわらず、2011(平成23)年には「あすみが丘バーズモール」と「あすみが丘ブランニューモール」からスーパーの東急ストアが撤退した。モールの売上の大部分を占めていたであろう東急ストアの撤退が、他のテナントに大打撃を与えたことは想像に難くない。

その後、「あすみが丘ブランニューモール」には後継としてスーパーのカスミが出店した。「あすみが丘バーズモール」ではドラッグストアのドラッグセイムスが営業しているが、スーパーは出店していない。

廃墟化が進んでいる4つの要因

冒頭にて、廃墟モールの誕生には7つの要因があると書いた。具体的には以下の7つだ。

①競合施設の存在、②モータリゼーションの進展、③アクセスの悪さ、④動線の設計ミス、⑤施設規模の不適合、⑥運営会社の破綻、⑦核テナントの撤退

「あすみが丘バーズモール」が当てはまるのは、①競合施設の存在、②モータリゼーションの進展、④動線の設計ミス、⑦核テナントの撤退である。なかでも、核テナントの撤退が引き金となった。

「あすみが丘バーズモール」以外にも同様の事例が存在する。続く後編では、他の事例を取り上げつつ、さらに詳しく分析する。

【画像20枚】「ビニールで目隠し」「階段には"立入禁止"の張り紙」…バブル期に生まれた「千葉の廃墟モール」はこんな感じ
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