謝罪の場で求められる着こなしの本質
謝罪の場で求められる着こなしは、「正解に見える服」ではなく、「人の記憶に残らない、きちんとした服」であることに触れました。それは「評価そのものが発生しない」とも言い換えられます。つまりは、服が話題になってしまった時点で、すでに失敗していることを、私たちは知っておく必要があるのです。
これまでも日大アメフト監督のピンクのネクタイや、伊東市市長(当時)による会見におけるピンクっぽい(ライラック色)ジャケットなど、話題に挙がりました。これらの色も、普段のビジネスファッションならば、許容されるもの。
ところが謝罪というシーンにおいては、自らのこだわりや美学を捨て、徹底して「個」を消すことができるか、その引き算こそが、今の日本社会がリーダーに求める「誠実さの正体」だと私は考えます。
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