公明党の離脱で「下野しても続いた」26年の協力関係に幕、父・小渕恵三元総理が始めた自公連立解消に優子氏「残念としか言いようがない」
——先ほど「政治の安定」という言葉がありましたが、小渕さんのお父さんである小渕恵三・元総理も政治の安定のために苦心されていました。当時は参議院で過半数割れした中で、約26年続く自公連立をつくったのが小渕・元総理です。公明党の連立離脱をどうみていますか。
正直言って、この上なく残念だと思います。
父は当時、ねじれ国会で何も政策が通らない、でも国は大変な状況になっているという中で、最終的には自自公連立政権という形をとりました。そのときの公明党は、思うところがいっぱいあったと思います。
——自民党と公明党は基本政策のところでズレがありますからね。
はい。ですけれど、この経済状況の中で日本を救っていく、小異を捨てて大同につくという思いの中で連立を決めていただいた。
それから約26年。山あり谷ありですよね。われわれは1回野党になっていますから。それでも苦しいときもつらいときも一緒にやってきた歴史があるので。
——多くの人が忘れているのですが、自公の連携は野党時代を乗り越えて続いた関係なんですよね。
お互い日本を背負うという使命感の下で長年培ってきたものがあるので、やっぱりそれは残念としか言いようがないなと。
公明党との「選挙協力」の大変さ
——一方で、政策的に近い日本維新の会と組んだほうが有権者の理解を得やすいという声もあります。
確かに公明党との選挙協力というのは本当に大変で、公明党の候補者が出る小選挙区では自民党の支援者のご理解をいただいたり、一方で自民党候補が「比例は公明党と書いてください」と言ったりするのはなかなか大変でした。
——そうですよね。政党政治としては矛盾がありますから。
ただ公明党に教わったこと、学んだこともたくさんあったんです、私は女性活躍や子育て支援、福祉政策などに力を入れてきましたが、自民党にとっては弱い分野だったんですね。
公明党の経験や知恵、知識で後押ししてくれる部分があったので、その点はすごく大きかったなと思います。
——さて今回の総選挙で小渕さんは10回目の選挙となりますが、もともとお父さんの後を継いで政治家になろうと考えていたんですか。
まったく考えていませんでした。
——では、政治の世界に入るきっかけは何だったんですか。
父が総理大臣当時、働いていたTBSが総理公邸に近かったので、仕事の合間に顔を出していたんですね。経済状況もよくない中、すごくたたかれていましたし、疲れていて心配だったので。
でも「大丈夫?」と聞くと「大丈夫」だと。「優ちゃんは優ちゃんの仕事があるんだから、そっちを一生懸命やりなさい」と言われて「わかった」と、その繰り返しでした。


















無料会員登録はこちら
ログインはこちら