「工業の街」「夜の街」だったのに、今やファミリーが集う街に!川崎が大変貌を遂げた「東口→西口」再開発の実態

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川崎駅前
川崎はどのような街だったのだろうか?(筆者撮影)
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「昔はあんな街だったのに、今ではすっかりイメージが変わったな」と感じたことがある人は多いだろう。その代表格の一つとして挙げられるのが、「川崎」である。
さまざまな街にある商業施設を、「どのようにして街を変えたか」という観点からレポートする本連載。今回は「川崎」周辺を歩く。

品川、横浜からJR東海道線でそれぞれ1駅約10分。川崎は、東京都心と横浜の間に位置している。

前編では、「ラゾーナ川崎プラザ」により、川崎が夜の街・工業の街から、平日も土日も若者やファミリーで賑わう商業の街に変わったことを述べた。後編では、川崎の街の歴史を詳しく振り返っていく。

ラゾーナ川崎プラザ
川崎の街を変えた「ラゾーナ川崎プラザ」(筆者撮影)

川崎宿に始まり、京浜工業地帯として発展した川崎

川崎市は、徳川家康が江戸幕府を開き、東海道の宿駅として川崎宿を設置してから発展した。

旧東海道の碑
旧東海道は現在のJRと並行するように通っており、複数の碑や解説板が立っている(筆者撮影)
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