19歳でショパコン制した"天才ピアニスト"。だが、その後「足首の大手術」など試練に見舞われ…《スタニスラフ・ブーニン》の波瀾万丈な人生
「この人がいるべき場所は家のベランダではない。ピアノが乗った舞台だ」と語る彼女はブーニンの復活を誰よりも信じ、「あなたならできるわよ」と彼を励まし続けた。
そして22年、ブーニンはついに日本のステージに戻ってきた。復帰ステージとなった八ヶ岳高原音楽堂のリサイタルでは、右足との8センチの差を埋めるために特注された厚底の靴を履き、ステージに立った。
まだ本調子ではなく、左手のコントロールに苦しみながらも、「舞台復帰を後押ししてくれたのは妻」と、あらためて榮子さんへの感謝の思いを口にするブーニンだった。
天才ゆえに見据える“高み”
そして25年。85年のショパン・コンクール優勝から40年。復帰から3年たったが、ブーニンはいまだに自分が理想とする音と、自分ができることのギャップを埋めようともがき続けていた。もちろんそれは天才ゆえの高みを見据えているから、ということもあっただろう。
だがツアーをまわるごとに、ピアニストとして一歩ずつ復活のきざしを見せはじめる。そしてツアー最終日となるサントリーホールでのリサイタル後、妻の榮子さんは“ある言葉”をブーニンに投げかける。
「わたしはただそばで見ていただけだから」と笑う彼女もまた、ブーニンとともに戦い、ともに走り続けた同志だった。その道のりは決して平坦なものではなかったが、ふたりが積み重ねた絆は、非常に温かく、そして力強いものだった。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら


















無料会員登録はこちら
ログインはこちら