19歳でショパコン制した"天才ピアニスト"。だが、その後「足首の大手術」など試練に見舞われ…《スタニスラフ・ブーニン》の波瀾万丈な人生

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持病の糖尿病の影響で免疫機能が低下し、血流が悪化、傷を修復するための酸素や栄養が届きにくくなり、左足の患部に壊死が発生したのだという。医師からは「足を切断して義足を装着した方がいい」という非情な宣告を受けてしまう。

だが彼にとっての左足とは、単にピアノのペダルを踏むための足であるというだけでなく、身体全体の重心を支える軸足でもあった。彼自身のサウンドを出すために、いかにして自分の体重を鍵盤にかけていくか、ということに注力してきたブーニンにとって、左足を失うということは、音楽家としてのキャリアの終焉を意味する、ということに他ならない。

ほとんどの医師が「足の切断」を勧めるような絶望的な状況の中で、ブーニンが救いを求めたのは、再建外科の世界的な専門医として名高いドイツのウルリヒ・クネーザー教授だった。

「ピアノを奪われたら、私はもう私ではありません。だから何とか足首を残してくれませんか」という彼の強い訴えかけにより、足の切断を回避するための手術を選択。

「音楽をやりたい」というブーニンの強い思いをしっかりと受け止めたクネーザー医師は、足を切断しない手術を模索する。それは、壊死した左足首の部分を8センチメートル切り離し、健全な部分に結合する手術を行うもの。これまで数多くの手術を成功させてきたクネーザー医師にとっても非常に難易度の高い手術であった。

8cm短くなった左足

そして5回に分けて行われた手術の末、手術は成功する。だが8センチメートル短くなった左足と、右足とのバランスをとることは非常に困難で、そこから長いリハビリが行われた。

いざピアノに向かっても思うような演奏はできない。いらだちと焦りが彼の心を蝕んでいく。だがそんな絶望の淵にあったブーニンをギリギリで繋ぎ止めたのは、妻・榮子さんの存在だった。

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