アメリカのドナルド・トランプ政権によるベネズエラの現職大統領、ニコラス・マドゥロの拘束は、国際法と世界秩序における分水嶺となるだろう。
もちろん、これまでもアメリカが他国の内政に介入することは多かった。とくに冷戦時代にはこうした動きは珍しくなかった。その時代が終焉を迎えようとしていた1989年12月でさえ、パナマの実質的な支配者であったマヌエル・ノリエガ将軍の政権を転覆させた。彼もまた麻薬密輸の容疑で告発されていた。
CIAの活動は議会の監視によって抑制されていた
しかし、これまでの事例はすべて、マドゥロの逮捕と比較すると決定的な違いがあった。過去のアメリカの行動は、たとえそれが冷笑的で、現実政治のみに駆られたものであったとしても、別の表層的な側面を持っていた。冷戦時代においては、アメリカの民主主義と制度は、たとえ不完全ではあったとしても、ソ連の抑圧的な制度よりはずっと好ましいものと見なされていたということだ。
トランプ以前、アメリカの大統領は、民主主義を守り、「ルールに基づく秩序」を支持していると、もっともらしい主張をすることができた。そしてアメリカ自体も、行政府を監視し、対外介入を承認する機能的な制度をまだ備えていた。
確かに、その別の側面の表層は常に薄かった。1953年のイラン首相モハンマド・モサデグに対するクーデター、1960年のコンゴ民主共和国首相のパトリス・ルムンバの転覆、 ラテンアメリカ全域における残虐な独裁政権(ニカラグアのソモサ政権からチリのアウグスト・ピノチェト将軍の政権まで)への支援などを行っており、民主主義の擁護というのは、あくまで建て前に過ぎなかった。
しかしこうした事例においても、CIAの違法活動は最終的に上院によって調査された。1975年の有名なチャーチ委員会公聴会がその例である。当時のアメリカの制度と政治的規範は現在よりはるかに強固であったため、議会による監視を阻止することも無力化することもできなかった。CIAの活動は、少なくとも一時的に抑制されたのである。
今回のマドゥロの強引な排除は、新たな局面を示している。



















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