「ベネズエラ地下鉄」80年代は日本より進んでいた 治安がよく物価も安かった首都カラカスの旅

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1980年代はアメリカのパンアメリカン航空やイースタン航空が乗り入れ、これらの航空会社が倒産後はアメリカン航空やユナイテッド航空が乗り入れていた。ヨーロッパからもスペインのイベリア航空はじめルフトハンザドイツ航空やKLMオランダ航空も乗り入れていた。しかし反米国家になってからは、これらの航空会社は乗り入れなくなり、観光客も激減していた。

ベネズエラは、スペイン語の国で、ヨーロッパでは旧宗主国スペイン、アメリカではマイアミ、そして南米諸国との交流が深かった。筆者もリオデジャネイロからVIASA(Venezuelan International Airlines of South America)でカラカスへ飛び、ベネズエラ第二の航空会社だったアベンサ航空でマイアミへと飛んだ。当時のベネズエラの航空会社はニューヨークなどにも複数社が飛んでいた。

【貴重な写真】「南米にこんなに治安がよく、近代的な都市があったのか」と筆者が感じた1980年代のベネズエラの首都カラカス。地下鉄は世界的に見ても近代的なものだった。当初はフランス製の車両のみだったが、後にスペイン製も導入された

アメリカと結ぶ航空便は消滅

現在カラカスへ飛ぶ長距離国際線は、マドリードからのエア・ヨーロッパ、ターキッシュエアラインズはイスタンブールから直行便とキューバのハバナ経由で乗り入れているが、アメリカとを結ぶ便はなくなっていた。

また、接近していたロシアからはアズール・エアが乗り入れていたが、ウクライナ侵攻で飛べる機体が減ったため長期運休となっている。ベネズエラは政権が変わったことで、国のポジションが大きく変わってしまったのである。

アメリカが行った軍事行動の是非は別として、ベネズエラにかつてのような平和な日が訪れることを願うばかりである。

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谷川 一巳 交通ライター

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たにがわ ひとみ / Hitomi Tanigawa

1958年横浜市生まれ。日本大学卒業。旅行会社勤務を経てフリーライターに。雑誌、書籍で世界の公共交通機関や旅行に関して執筆する。国鉄時代に日本の私鉄を含む鉄道すべてに乗車。また、利用した海外の鉄道は40カ国以上の路線に及ぶ。おもな著書に『割引切符でめぐるローカル線の旅』『鉄道で楽しむアジアの旅』『ニッポン 鉄道の旅68選』(以上、平凡社新書)などがある。

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