「ベネズエラ地下鉄」80年代は日本より進んでいた 治安がよく物価も安かった首都カラカスの旅

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カラカスには1983年開通の地下鉄があり、フランス製のおしゃれな車両が運行していた(後にスペイン製車両も加わる)。当時、東京の銀座線にはまだ1000形車両が走り、ポイント通過時には一瞬車内の照明が消えていた。丸ノ内線では外観がサインカーブの帯をまとった300形が活躍していた頃なので、筆者の目には「カラカスの地下鉄はずいぶん近代的」と映ったのである。

駅構内はBGMが流れていて、ラッシュアワーの混雑した日本の地下鉄より、よっぽど進んだ感じさえした。

ベネズエラ国内ではカラカス―マラカイボ間などの長距離移動は空路が主役、その他の郊外や小さな街へは長距離バスが利用されていて、鉄道は皆無であったが、都市内では鉄道が活用されていた。現在、カラカスではメトロが4路線あり、さらに2路線を建設中である。メトロとは別に近郊電車もあり日本製電車が活躍している。

首都カラカス以外の都市でも都市交通に鉄道が活躍していて、マラカイボに地下鉄が、バレンシアにもLRT風の地下鉄が運行している。

当時のメトロの料金は2ボリバル、1ボリバルが約5円だったので、約10円という安さだった。

人々はフレンドリー

街を歩いていても、スリやひったくりの気配はなかった。ブラジルや、後に行った隣国コロンビアは治安の悪さを感じたが、ベネズエラではそれを感じなかった。人々もフレンドリーであった。

当時、日本でベネズエラの情報は「ブルーガイド」の南米版に2、3ページの記述があるだけだった。そのなかの「経済的なホテル」に目星をつけ、そこへ向かったのだが、あいにく満室だった。

ところがそのホテルのレセプションの人は「遠い日本からの客」ということだったのか、あちこちの宿泊施設に電話をし、安くてしっかりしたホテルを見つけてくれ、タクシーまで手配してくれたのである。空室のホテルが見つかるまでロビーでコーヒーが振る舞われ「こんなもてなしをしてくれる国があるのか」と感激したものである。ちなみに、紹介してくれた宿はシャワー、トイレ付きのシングルルームが180ボリバル、約900円であった。過去に旅行した際、好印象だったのに、なぜこんなにも状況が悪化してしまったのだろうと思ってしまう。

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