「会社では表彰もされたが、それ以外の思い出があまりない」「何のために生きてきたのか」…。元エリート部長が晩年に医師へ漏らした"最大の後悔"

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これまで散々、会社のために尽くしてきたのですから、会社人生の最後くらい、したたかな戦略で過ごしてもいいのではないでしょうか。とにかく、残りの10年を会社の業務や人間関係ですり減らして燃え尽きてしまわないように注意しましょう。

60代からの人生を考えるうえで大切なのは、若いころの「勝ち負け」にあまりこだわりすぎないことです。現役時代に「勝ち組」と言われていた人ほど、プライドや理想が邪魔をしてしまい、定年後に思うように動けなくなることがあります。

逆にそれほど偉くならなかった人のほうが、かえって定年後には自分らしい人生を楽しめたりするものです。肩の力を抜いて自分らしい人生を楽しめることも少なくありません。

常勤医師を辞めたときは、完全に「負け組」扱いだった

私自身も東大医学部を卒業し、30代で常勤の医師を辞めたときは、完全に「負け組」扱いでした。東大医学部出身者のなかで病院を辞職するというのは、ある意味でドロップアウトです。教授を目指して順調に出世していく人がいるなかで、私は「落ちこぼれ」と見なされていました。

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しかし、私は今年で65歳になりましたが、今ではその教授組に「和田はいいよなぁ。これからも好きに生きられて、稼げるんだから」なんて言われるようになっています。

開業している人や自営業でやっている人は定年後もまだ稼ぐチャンスがありますし、開業医のなかには今もしっかり稼いで、豊かに暮らしている人も少なくありません。

現役時代に「勝ち組」だった彼らは、それを「うらやましい」と言うわけです。やはり、80代、90代まで生きるのが当たり前になった今では、現役時代だけで勝ち負けを決めるのは時代遅れと言えそうです。

それに、60歳までの間に勝ち負けにとらわれて、上の人間に媚び、下の人間に威張り、仲間を蹴落としてきた人は、会社をやめて「ただの人」になったとき、寂しい老後を迎えるといったツケが回ってくることもあります。

忘れてはいけないのは、会社人生のゴールが人生のゴールではないということです。現役世代の方の多くは、定年までの人生で勝負が決まると思い込んでいるかもしれません。

けれども、定年後の時間がこれだけ長くなったのです。その長い老後を、現役時代の思い出だけを心の支えにして生き生きと過ごしていける人がどれほどいるでしょうか。

結局のところ、人生の本当の豊かさは、定年前よりも、むしろ定年後に試されるのかもしれません。

和田 秀樹 精神科医

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わだ ひでき / Hideki Wada

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科医師を経て、現在は和田秀樹こころと体のクリニック院長。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わる。『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『80歳の壁』(幻冬舎新書)、『60歳からはやりたい放題』(扶桑社新書)、『老いたら好きに生きる』(毎日新聞出版)など著書多数。

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