「会社では表彰もされたが、それ以外の思い出があまりない」「何のために生きてきたのか」…。元エリート部長が晩年に医師へ漏らした"最大の後悔"
昭和はとにかく長時間働くのが当然で、家庭より会社が優先されていた時代です。
しかし、仕事ばかりで家族や友人との関係を築いてこなかった人ほど定年を迎えたころに誰とも深い関係が築けていなかったことに気づき、強い孤独感に襲われる傾向があります。過度に仕事に捧(ささ)げる人生は、晩年に大きな後悔をもたらしやすいのです。
「会社では表彰もされたが、それ以外の思い出があまりない。何のために生きてきたのか、自分でもわからなくなるときがある」
「もっと家族や大切な人との時間を大切にすればよかった」
こうした後悔の声に触れるたびに、多くの人が選びがちな「会社中心の生き方」は我慢や義務感で人をしばり、その人らしさを失わせてしまうと実感します。
そもそも、どれほど会社で出世を重ねたとしても、70歳前後にはたいていの人が退場を迫られるのです。部長だろうが役員だろうが、その会社のなかでの競争はせいぜい60代まで。それ以降は会社が守ってくれるわけではありません。
今は、定年後も20年、30年と生きていく時代となりました。だからこそ、定年退職の前から、誰とどう生きていきたいのか、自分は何をしたいのかを考えておくことが大切なのです。
給料が半分に減り、元部下の下で働くシニア
日本人には、長年、会社に尽くしてきた人が本当に多いと感じます。
賃金が何十年も上がらない状況で節約して暮らしてきたのに、自分の会社の経営者が何億、何十億という報酬を受け取って贅沢な生活をしているのを見ても、とくに悔しいと思わない人も多いのかもしれません。私なら、やっていられないと思ってしまいます。
そもそもの話、日本人の給料が30年ほぼ上がっていないということは、私は労働組合、とくに「連合(日本労働組合総連合会)」の怠慢ではないかと思っています。
2025年の春闘では、大手企業の多くで「満額回答」が得られましたが、それを成果だと捉えている人が多いようです。
しかし、満額回答という結果はむしろ最初の見積もりが甘かった証拠であり、労働組合側の要求自体が低すぎたのではないでしょうか。もっと強気に要求し、企業側との交渉を重ねていたら、結果は変わっていたかもしれません。
また、日本ではストライキがほとんど行われていません。
なぜかと聞くと、「だってストなんかしたら、会社が潰れちゃうかもしれないじゃないですか」なんて答える会社員の方が多いのです。


















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