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遅刻はしないし、SNSにも即レス…そんな「いつも正しい人」ほどなぜか「いつもイラついている」理由

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  • Jin 佐伯仁志 元心理カウンセラー、「魔法のうた」シンガーソングライター
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そして聞きながら、「わたし」のなかに同じ思いがないか探してみると、とても面白い。たいていなにかが見つかります。目の前の人にしたかったアドバイスは、実は自分へのアドバイスだったりするのです。

困ってる人がいたら助ける、そこに、「わたし」の満足があります。でもそれでいいです。あとは、優しくしてあげましょう。

「人を幸せにする」は、傲慢な考え方かも

僕はこれまで、人生を楽しく豊かにする方法や考え方を、いろいろな場所や表現を通して提供してきました。でも、人を助けようと思ってやっていたわけではありません(最初は助けようと思っていました)。

『大変申し訳ないのですが、わたしの人生なのでほっといてもらえないでしょうか?』(アスコム)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

なぜなら、繰り返しになりますが、それはその人が答えを出すべきことだからです。むしろ、「人を幸せにすることなどできない」と思っているくらいです。

仮に、他人の人生を幸せにしようと思ったとしても、誰がその人の人生の責任を取れるというのでしょうか? 「こうなると幸せ」と思ったとしても、それはただ「わたしの思う幸せ」ですよね。

わたしが助ける、問題を解決する、幸せにする……。それは傲慢な考え方かもしれません。なぜなら、助ける側のわたしは幸せで、目の前のこの人は不幸だぞって思ってるわけですから(笑)。

ただ目の前の人が苦しんでいるのを、「わたしが」見たくなくてなんとかしたいだけ。ではなく、目の前の人はいま苦しんでいるだけ、いま悪夢を見てるだけだからほっといても大丈夫だと信じていよう。ただ、それは「悪夢だよ」と目を覚ますヒントを一緒に考えよう、でいいと僕は思ってます。

目覚めた瞬間は大爆笑です。だって、人から見たらどうでもいいことで悩んでいたりするのですから。

だから、わたしたちにできることは、目の前の人の幸せを信じて、その人が幸せで生きていくことを、ただ願うだけなのです。

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