「結婚できないかわいそうな人」——介護現場で続いた"シングル・子なし"へのモラハラ。多様性拒む「家族前提」が生む分断

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なぜ、Aさんが以前働いていた介護施設では、結婚や出産に関わるモラハラがひどく、現在の医療機関ではそうした行為がないのだろうか。

その要因は、2つ考えられる。

1つは、長らく社会問題になっているが、介護職の所得が低すぎること。介護の仕事は体力的にきついだけでなく、利用者の死を看取る場合がある、利用者と家族の生々しい関係をしばしば目撃するなど、精神的にもきつい側面がある。人の命を支える誇るべき職業であるはずなのに、所得が低いことは尊厳を損なう側面もあるのではないか。

そうでなくても、所得が少なければ生活がきつくなり気持ちの余裕を失わせる。すべての介護職に当てはまることではないだろうが、Aさんの元同僚たちは異なる生き方を受け入れる余裕がなく、「同じ苦労」としての結婚や出産を求めたのかもしれない。

今年11月、政府は介護現場の処遇改善を進めるため、介護職員1人あたり最大で月1万9000円の賃上げを支援することを発表した。とはいえ、その理由は物価上昇などが要因。長年家族頼みにしてきた福祉政策を見直すわけではなく、不可欠な営みを回していくうえで十分とはとても言えない。

この件を報道した11月29日の朝日新聞記事は、昨年の介護職員の平均賃金が、全産業の平均より月8万3000円も低かったことを明らかにしていた。彼らが人としての尊厳を保つ処遇には、まだかなり遠いのではないだろうか。

多様性の受容にはまだ壁がある

もう1点は、Aさんが働いた2つの介護施設で働く人たちが、ほぼ地元を出たことがない人たちで構成されていたことである。当シリーズの地方女子プロジェクトの山本蓮氏への取材記事、作家の山内マリコ氏への取材記事でも触れたが、人の出入りが少ない地域では、ライフスタイルの均質さが目立ちがちになる。

シングルや子どもがいないカップルは、自分が異質なことを意識させられる地域を敬遠して住みたがらない、あるいは地元にはない生き方や仕事を求めて出ていく。その結果、ますますその地に残る人たちは、結婚して子どもを産み育てる人ばかりになる。

子どもはそうした環境で、大人になれば誰でもその仕事に就き、誰でも結婚して子どもを育てるのだと思い込んで育つ。そうした生き方が自分に合わない、と思えば「自分はおかしいのではないか」と感じる。あるいは周囲から疎外される。

そうした均質さが、地方の人口減少や郊外の限界集落化を招く側面もあるのではないか。

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Aさんは、独身主義でも子どもを産まないと決めている人でもなかった。

たまたま現在シングルで子どもがいないだけで、出会いとタイミング次第では、職場の他の人たちと同じように、結婚して子育てをしていたかもしれない。また、今後の人生で、結婚をする可能性もある。

Aさんのように、特に望んだわけではないが、結果的にシングル、あるいは子どもがいない人生を送る男女はたくさんいるのではないだろうか。

現実には、日本国内ではシングル世帯が多数派を占めている。サラリーマン家庭が中心の郊外、農業や漁業中心の地方の町が、結婚して子育てしてきた人に偏りがちなのは、職業の選択肢が少なすぎることも影響しているかもしれない。

近年は、地方で新しい仕事を興す人も増えたが、全地域で多様な職業が成り立つというわけにもいかない。多様性が見えにくい地域でも、多様な生き方を受け入れる気風を育てるにはどうすればよいのか。それは私たちに課せられた大きな課題なのかもしれない。

連載「産むも、産まぬも」では、出産・子育て・パートナーシップ・キャリアなど、“産む/産まない”という選択にまつわる経験や考えを語ってくださる方を募集しています。性別や立場は問いません。「誰にも話せなかったことを、言葉にしてみたい」「同じように悩む誰かの力になりたい」そんな思いを持つ方の声を、丁寧に取材・掲載します。ご協力いただける方はこちらのフォームからご応募ください。

阿古 真理 作家・生活史研究家

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あこ まり / Mari Aco

1968年兵庫県生まれ。神戸女学院大学文学部卒業。

女性の生き方や家族、食、暮らしをテーマに、ルポを執筆。著書に『おいしい食の流行史』(青幻舎)『『平成・令和 食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)』『日本外食全史』(亜紀書房)『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた』(幻冬舎)など。

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