初代城主となった太田垣氏は、その後百四十年の長きにわたり代々この城を守り続けましたが、戦国時代には主家の山名氏の勢力は次第に衰え、西からは毛利、そして東からは織田の脅威に迫られました。
戦略的に重要な地である竹田城は、毛利氏との戦いを見据えた織田家の標的となり、天正5年(1577)、ついに羽柴秀長によって落城。竹田城は但馬国支配の要として秀長が入城し、改修されました。
現在見られる壮大な石垣は、のちの豊臣政権下で城主となった赤松広秀の手によるものですが、近世城郭への第一歩(土の城から石垣の城へ)は秀長時代に始まったのです。
【マンガ】地獄の三木城攻めと羽柴兄弟の躍進
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