"怪物"江川卓が与えた衝撃度と余波「誰しも認めた類稀なる才能」は、いかに他人の人生までも狂わせたか
1973年第45回選抜甲子園大会は、“江川に始まり江川で終わる”といわれた大会でもあり、テレビ、ラジオ、新聞の全メディアが臨戦態勢で臨む。
栃木県代表、作新学院のエース江川卓。
これまでに県大会等で八度のノーヒットノーラン(うち完全試合2)、噂の地方の剛腕投手が満を持して全国にデビュー。間近に本物を見せられたときの衝撃度は計り知れない。
江川に触れて皆が一瞬でぶっ飛んだ。ちょうど同じ頃、地方競馬出身の怪物ハイセイコーが中央に出て連戦連勝していた姿とダブる。いつしか江川のことを『怪物』と日本中の誰もが呼ぶようになった。
「甲子園は意外と広くないですね」
殺到する報道陣に対して甲子園の第一印象を聞かれたとき江川は不遜にも「甲子園は意外と広くないですね」と答え、報道陣を驚かせている。
奇をてらって言ったのではない。本当は甲子園を見たとき、なんて広くて大きいんだろうと素直に感動した。
だが、本音をあえて見せることはしなかった。
江川はエゴイスティックなほどマイペースであるがゆえ、報道陣の質問一つひとつに慎重に普段通りの受け答えをする。浮かれたことを言えば、どう盛られて書かれるかわからない。
おまけに甲子園に来る前までの報道は、マスコミが好き勝手に作り上げてきた虚像な自分。だったらそれを生かしたほうが戦いやすくなる。己で守るしかない、江川のなかではすでに戦いが始まっていたのだ。



















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