すべての苦しみの種は【ほとんど妄想】とバッサリ切って捨てる…仏教が説く"驚きの世界観"とは
心所のタイプはさまざまですが、25の善きもの(善心所)のグループ、14の悪しきもの(不善心所)のグループ、13のそれ以外のもの(同他心所)のグループの3つに分けられます。
怒り、妬み、蔑みといった不善心所を手放し、喜び、親しみ、慈しみといった善心所を育てていく――これが仏教における永久のテーマです。
人格者と呼ばれる人でも、極悪人扱いされる人でも、人間の心にはもともと等しく善心所・不善心所が溶け込んでいます。しかし、持って生まれた性格、育ってきた環境、置かれている状況などによって心所の強さ、優位性は変わってきます。
多くの人から「嫌なやつ」「性格の悪い人」とされる人は、不善心所たちが優位な状態になってしまっているのでしょう。
大切なのは、冷静に自分を見つめ直し、そうなっていることに気づくこと。そして、不善心所の活動を抑えたり、やめたりするように働きかけ、善心所を優位にするように努めることです。
修行とは「耐える」ことではなく「習慣化する」こと
仏道に精進する者は、不善心所を手放し、善心所を育てていくために修行をするわけですが、ここでいう修行は「つらいことに耐えて、頑張って努力して、なにかを成し遂げる」ことではありません。
修行とは、頑張らなくても、自然に善心所が優位な状態を保てるようになり、自ずと善き思考に至り、善き振る舞いができ、善き言葉が出てくる習慣を身につけることなんです。
つまり、無意識にできるようにクセをつけるということですね。
仏教は集団で修行を行うケースが多いですが、あれは相乗効果を狙ったもの。修行者同士が相互監視の状況下で、お互いを意識して、切磋琢磨して、高め合っていくことを目的としているからです。
スポーツの強豪チームのようなイメージでしょうか。能力に秀でた選手が集まり、敏腕コーチをはじめとする優秀なスタッフがいて、高いレベルで練習やトレーニングを積むからこそ、チーム全体が強くなるんですよね。要はそれと同じことです。
不善心所のなかには、心を蝕む毒になるものもあり、なかには猛毒といっていいほど強烈な負のパワーを持つものもあります。これらに心を支配される前に、できるだけ捨てること、完全に捨てることができなくても、その影響力を今よりも抑えられるように、日々心掛けていきましょう。


















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