60代で宮城県から東京に妻とともに移住し、現在は大手銀行寮の管理人を務める樫山泰男さん(73)。樫山さんが東京への移住を決めた要因は、東日本大震災、勤務先保養所の閉鎖のほかにもう一つある。それは、4人の子育てが終了したことだ。
※本編は後編です。前編はこちら→「61歳で東京に電撃移住」震災で職場失った保養所の元副支配人(73)が、「家賃ゼロ」の銀行寮管理人の職を得た転機
震災の前後、4人の子どもが相次いで首都圏に住むようになった。子どもが実家を出て夫婦だけの生活になると、急に家が静かになり、妻との関係も悪くなったという。
「『子はかすがい』とよく言うように、夫婦でなかなか話すことがなくなりました。妻も子どものそばにいたいという意向が強く、それならば東京に移住しようという話に自然と進みました。東京での生活に不安がないわけではありませんでしたが、それよりも新たな生活を始めたいという思いで夫婦ともに一致していました」
東中野の国際投信寮で東京生活スタート
泰男さん自身は地元宮城県の私立高校商業科を卒業後、3年間都内の証券会社に勤め、事務職をやった経験がある。この時は埼玉県越谷市から証券会社が多数集まる東京・茅場町まで東武鉄道・地下鉄日比谷線で通勤していたという。
「私は東京に多少の土地勘はあったのですが、妻は東京に遊びに行くくらいで住んだことはありませんでした。住宅ローンの残りが払えるよう、なるべく費用を抑えながらできる都内の仕事はないかと探したところ、タイミングよく大手銀行系の国際投信寮の管理人という仕事があったのです。場所は東中野の近くにあり、家族向け、単身向け、独身向けの寮がありかなり大規模な寮です」



















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