三谷幸喜脚本で第1話から圧倒的情報量!菅田将暉主演《もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう》が昭和・令和世代で賛否両論のワケ
劇作家であり演出家である三谷氏だが、情報番組『情報7daysニュースキャスター』(TBS系)の総合司会や、さまざまな映画トークイベントなどでのパフォーマンスからもわかるとおり、根っからのエンターテイナーだ。
頭の中のほとんどを占めているのは、人を楽しませ、喜ばせること。そして、ときにそれが過剰になってしまう。すると一部ファンを除いて、スンと引かれてしまうことがある。最新映画をはじめ、昨今の作品からはそういう意気込みの空回り的な空気を感じることもあった。しかし、本作は少し違う。
演劇のおもしろさではなく、自身の演劇への愛をいまの社会にぶつけようとしている。それは観る人によっては、演劇のおもしろさにもつながるだろう。ただ、それ以上に伝えたいのは、人生をかけて演劇に打ち込む姿であり、そこに生じる熱量だ。
それは普遍的なものでもある。演劇を巡ってぶつかり合う、暑苦しい昭和の若者の姿から、生きることの本質を映す。演劇がテーマになっているが、その物語には、演劇ファンだけでなく、誰もが共感して楽しめるであろう芯がある。
本作は、あらゆる面で令和と対照的な昭和の社会を映す。ネットやSNSがなかった時代の若者たちの生き様から、それらに振り回される現代社会を客観視してみてほしい。そんな思いを感じるドラマだ。
賛否が起こることも織り込み済みか
一般層向けだった『鎌倉殿の13人』とは異なり、本作はかなり尖っている。三谷氏は賛否が起こることも織り込み済みではないだろうか。たとえ否定的な声であっても、それが誹謗や中傷でさえなければ、話題になることには意味がある。
そこから考えることを促せば、次が生まれる。演劇界への何らかのリターンもあるかもしれない。三谷氏にとって、信じるエンターテインメントをつらぬくことにこそ演劇の本質があり、それを示すための本作でもあるのだろう。
ここまで強烈なインパクトを放つドラマは稀だ。この先、第1話以上に難解ではちゃめちゃな物語が繰り広げられるかもしれない。そんな昭和の演劇の強烈なインパクトを、令和のテレビから発信してほしい。
それを期待している昭和世代は少なくないはず。令和世代にとっては意味不明で理解不能かもしれない。でも、そこから気づきや発見が生まれる若い世代もゼロではないだろう。小さくても社会に波は起こり、そこから影響を受ける誰かはいる。そんなドラマになっている。
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