JR発足初期「ブルートレイン」が輝いていた時代 あさかぜ・はやぶさ・みずほなど往年の人気列車

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EF66 あさかぜ1・4号
EF66形が牽引する「あさかぜ」。更新車両を使用した1・4号は当時の寝台車の常識を覆した列車だった(撮影:橋爪智之)

時代の変化、とりわけ航空機や新幹線の発達により、今や日本において一般的に利用できる定期夜行列車は「サンライズ瀬戸・出雲」のみとなった。サンライズは利用者数が多く当面は安泰と思われるが、車両の老朽化が進行しているものの代替車両については話がなく、これが懸念材料となっている。

夜行列車の衰退は、前述した交通機関の速達化や多様化に加え、比較的安い価格のビジネスホテルの普及などもあり、夜間移動そのものが現代人のニーズに合わなくなってきたことも要因として考えられる。だが、観光列車ではない夜行列車の文化が日本から消滅する可能性も拭い去れない現在の状況は、多くの列車が走っていた時代を思うと残念でならない。

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平成初期のブルートレイン

その夜行列車の代名詞となっていたのが「ブルートレイン」だ。国鉄時代の1958年に誕生した寝台特急用客車、20系の車体が青かったことから、列車名とは別に付いた愛称のようなもので、その後誕生した14系客車や24系客車などへも受け継がれた。

【写真】平成初期のブルートレイン。EF66形が牽引する「はやぶさ」や「みずほ」、グレードアップ改造された金帯の客車を連ねた「あさかぜ1・4号」など関東と九州方面を結んだブルトレや「出雲」「あかつき」など、往年の花形列車たち

ブルートレインは基本的に客車寝台特急を指し、同じ青い車体でも座席車や、寝台電車の581系・583系はブルートレインとは呼ばれなかった。現在のサンライズも同様だ。ただ、その定義は少し曖昧で、座席車も連結していた20系客車や、北海道で運行されていた座席車併結の夜行急行列車もブルートレインと呼ばれていた。厳格なルールはとくになかったようだ。

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