スリーマイル島、チェルノブイリ、福島……原発事故で企業の経営者はどのように裁かれたか。復権を阻むために必要な「事故後責任」の追及

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他方、東電元経営陣の刑事責任追及は有罪判決を得られなかった。

しかし、上述の2つの先例と比較することで正当に評価すべき側面が明らかになる。

まず東電の旧経営陣が強制起訴されたことで、日本では公開裁判において津波予測の取り扱いを含め、事故前の東電の意思決定のプロセスが検証され、勝俣氏を含む関係者の証言が記録として残された。これは、アメリカ、旧ソ連のどちらでもできなかったことだ。

クーン氏やブリュハノフ氏と異なり、勝俣氏は被告として生涯を終え、生前に名誉回復が図られることもなかった。

そして福島第一原発では、炉心溶融を回避した5・6号機は再稼働を果たせなかった。事故直後、勝俣氏は「基本的機能は維持していると考えている」(日本経済新聞、2011年3月31日)と5・6号機の再稼働の可能性を探っていた。東電が5・6号機の廃炉を正式に決めたのは2014年1月。同じ年の7月には検察審査会が勝俣氏らを「起訴すべき」との決定を下した。当時の首脳陣の起訴に向けたプロセスが進んでいたことは、福島第一原発の再稼働を強行しにくくしたと言えるだろう。スリーマイル島、チェルノブイリで強行された「事故原発再稼働」という愚行は、日本では阻止された。

これらを考慮するなら、東電旧経営陣の刑事裁判は責任追及としては「相当善戦した例」と評価すべきではないか。

現在の法制度では刑事責任追及に限界

しかし「これでよかった」ということではない。

筆者は、「業務上過失」とは別の論理で幹部の責任追及ができるよう、法改正をすべきだと考える。業務上過失の立証を求めれば裁判に長期間を要し、有罪判決が出たとしても「懲役5年」にとどまる。これでは裁きを求める被害者の負担は大きく、被害者感情に見合う処罰も期待できないからだ。仮に原発事故後の日本で、また原発を再稼働・新増設して運転する経営判断を行い、事故を起こした場合でも、そこに「過失がなかった」と判断される可能性があるなら、「業務上過失」という法論理に限界があると言わざるを得ない。

原発のような万を超える被害者を生む技術を利用する企業の場合、過失証明を求めずに、つまり既存判例で業務上過失と認定される事実があろうがなかろうが、経営陣の刑事責任を問う法制度が必要なのではないか。広範な被害を及ぼしうるAI技術については、設計者・運用者などに無過失刑事責任を問う制度を提案する法学者の意見もある。いち早くあるべき法改正を議論し、「原発事故を起こしても経営陣は免責される」想定に基づくモラルハザードを防がなければならない。

そしてわれわれは、先例が示す「もう一つの失敗」から学ばなければならない。「事故前」の過失に注目するばかりで、勝俣氏らの「事故後の行い」への責任追及をおろそかにしていないか。

勝俣氏は事故後も福島第一原発5・6号機の再稼働を模索し、従業員らには「原発は必要悪」と語ったとも報じられている(日本経済新聞、2024年11月1日)。裁判では「対策は十分だった」「技術的なことについては、自分は分からない」と責任逃れを続けた。

あり得ないことだが、もしも勝俣氏が「対策は十分と思ったが、事故を防げなかった。こんな制御不能な技術はやめないといけない」と発信していたらどうなっていたか。今のような原子力推進には歯止めがかかったかもしれない。企業のトップとして事故を経験した者だけができる、最後の責任の果たし方であっただろう。その責任を勝俣氏は果たさなかった。

「勝俣氏も苦悩した」「起訴は不当だった」など、名誉回復を図る報道やドキュメンタリーは近いうちに出てくるかもしれない。それを許してはならない。

尾松 亮 作家・リサーチャー

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Ryo Omatsu

1978年生まれ。東京大学大学院人文社会研究科修士課程修了。2004~2007年、モスクワ大学文学部大学院に留学。ロシア経済情報誌『ロシア通信』『ダリニ・ボストーク』通信編集長を経て、ロシアCIS地域の社会経済調査・コンサルティングに従事。エネルギー問題を中心に、ロジスティクス、AI、環境問題など幅広い分野で調査経験を持つ。著書『チェルノブイリという経験』『廃炉とは何か』(ともに岩波書店)他。

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